君がくれた世界

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 閉店前のカフェの客は一組しかいなくて、直ぐに道路の方を向いて座っているのが村瀬さんだと分かった。対面している人物は背中しか見えないから、どんな人なのかは分からない。  話が終わったのか二人は席を立って、村瀬さんが支払いを済ませた。そして店の外へと仲良く出てくると、村瀬さんの少し後ろを歩く女の人が綺麗な着物姿なのが分かった。  ――エライべっぴんさん……。  顔は目を凝らせば見えないことも無いけれど、やっぱり他のニンゲンと同じで、その女の人の表情は分からない。  ひゅうっ、と吹きつけた冷たい海風に、その女の人が寒いと言って体を竦めた。  腕に持っていたショールを羽織ろうとしたら、それを後ろから村瀬さんが受け取って、ふわり、と優しく彼女の肩に掛けた。そして、二人して笑いながら何かを話しつつ、宮島へ向かう船の桟橋の方へ向かって行った。  ……これから、船に乗るのかな?  どうやら二人は、桟橋に停泊しているフェリーへ向けて歩いているようだ。俺もスニーカーの裏がなるべく音がしないように気をつけながら、村瀬さんの後をついて行った。  途中で乗船券売り場の壁にかかっている時刻表を見て、そのフェリーが宮島へ向かう最終便であることが分かった。  まさか、二人で宮島に渡るとか?  前に、俺が連れて行って欲しいとお願いしたときに、うやむやにされた事を思い出す。  何でこんなときにネガティブな事を思い出すんだよ……。  二人は一旦、改札の前で歩みを止めて何やら立ち話を始めた。  何とか二人の会話が聞きたくて、近くに停まっている車に転々と隠れながら忍者気分で距離を縮めた。  やがて、一番近い軽トラの影に入ると、ほんの微かだけれど二人の会話が聞こえてくるようになった。 「……から、いい加減に挨拶にきんさいね」  女性の声。綺麗な声だな。優しくて軽やかだ。 「分かっとるって。なるべく早よう時間を作るけえ」  これは村瀬さんの声だ。 「お父さんも……、だし、寿明が……さないと」  時折、強く吹く海風のせいで、なかなか会話が繋がらない。 「心配しなくても……、……から」  誰だろう。あんな人の事を村瀬さんから聞いたことはない。  和服を着ているけれど、歳は村瀬さんと同じくらいなのかな?  彼女の笑い声は、とても上品で耳触りがいい。
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