君がくれた世界

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「とにかく、早く挨拶に来んと、お父さんたちも待てんよ」  急にはっきり聞こえた女の人の台詞を、脳をフル稼働して分析する。  挨拶って朝の挨拶じゃ無いよな?  村瀬さんくらいの歳で男と女で挨拶って言うと……。  もしかして、結婚、とか?  ブルッ。体が震えて急激なむず痒さが鼻の奥を襲った。  ふあ、ちょっと待って……。 「は……っ、くしょんッ!」  まだ出そうになるクシャミを、ふがっと我慢して軽トラの影と同化しようとしたけれど、 「こらっ、カズトッ! お前、さっきからバレバレじゃ!」  村瀬さんの大声が船着き場に隣接した暗い駐車場に響き渡った。  ちぇっ、バレてんじゃん。それも、なに? この少女マンガ的展開。  観念して軽トラの陰から姿を現すと、村瀬さんの傍に立っていた女の人が俺を見て驚いたのか少し体を揺らした。 「もう、船が出るで。急がんと」  村瀬さんが和服の女性に言って、ほいじゃあね、また、連絡をちょうだい、と、その人は慌ててフェリーの方へと歩いて行った。 「お前、友だちと遊んどるんじゃ無かったんか?」  女の人を見送りながら、俺が、彼女? と聞く前に小言が投げかけられる。 「……遊んでなんていないよ。無理矢理、連れていかれただけ。それに友だちじゃない。ただのクラスメート」  暗がりに村瀬さんの苦笑いが見える。村瀬さんが船着き場を離れていくフェリーに視線を向けたあと、駅舎に向かって歩き始めた。俺も慌ててその後をついていく。 「でも、あの彼は夏に怪我をしたときに一緒にいた子じゃろ?」  俺のことなんてどうでもいいよ。今は、あの女の人と村瀬さんとの関係が知りたいのに。 「そうでなくても、お前はいつも一人じゃけえ、本当に友だちがおらんのかと思っとったよ」  何で、そんなことを聞くの? 「別に一人でもいいだろ。名前通りで」  吐き捨てるように言った俺に、村瀬さんが驚いて振り返る。 「……友だちなんて必要無いよ。どうせ誰も俺の世界には入って来られないし」  世界って何じゃ? と村瀬さんは呟いたあと、 「必要無いって……。お前、今はそれで良えかも知れんけど、社会に出たら他人と接して行かんといけんのんで。もう少し、彼の様な同年代の友人を……」 「俺は、村瀬さんだけでいいんだよっ!」
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