君がくれた世界

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 咄嗟に溢れ出た言葉に、ハッと我に返る。急に黙った俺に、カズト……、と村瀬さんが小さく名前を呟いた。  ああ、ダメだ。こんなところで言ったって。これは俺だけの歪んだ世界なんだから。  いくら、この人が入って来られたからって理解をしてもらえるはずはない。 「……何だか今日は疲れた。いきなり山内のヤツ、女の子たちに声かけてさ。いいの? 電車の中でナンパなんかさせても」  無理に明るく言いながら村瀬さんの前で体を屈めて、上目遣いで端正なその顔を見上げた。  村瀬さんの顔が駐車場を照らす外灯のオレンジに染まっている。だけど、その表情はなぜか俺を心配そうに見つめていた。 「村瀬さん、終電なんでしょ? 俺は遅くなるし、疲れたからもう帰るね」  ちょっと振り返って村瀬さんを見た。まだ心配そうな村瀬さんは何かを言いたそうに口を開きかけたけど、ふっ、と一つ息をつくと、 「そうじゃな。あまり遅うなると、母ちゃんが心配するで」 と、また小言を言った。  村瀬さんのいない電車に乗って、流れる外の景色を目に映す。  昔から物や風景は視覚から脳に直線に伝わってくるのに、それが人となるといきなり線が蛇行を始めて、まともに視る事が出来ない。  すぐに降りる駅が近づいて、まだ着かない内に座席を立つ。そのまま揺られながら不安定な車内を一番後ろから前まで歩いて、運転台の料金箱にチャリチャリと小銭を落とした。 「ボウズ、気いつけて帰れよ」  あ、運転は坂井さんだったのか。うん、じゃあね、と返事をして開いた扉から出ていった。  電停で坂井さんの運転する電車を見送って、遮断機が上がる前に家へと歩き始めた。こんな田舎じゃ、外灯も薄暗くて自分の影も見えないくらいだ。  自分の足音しか聞こえない道沿いをダッフルコートのポケットに手を突っ込んだまま歩いた。確かに暗い夜道を前を向いて歩いているのに、目に浮かぶのは村瀬さんの姿ばかりだ。  心配そうな顔していたな。そんなの俺の方が心配だよ。  結局、あの女の人のことは聞けなかった。と、言うよりも聞く前に遮られた感じがした。  エライべっぴんさん、だってさ。着物なんて馴染みは全然無いけれど、それでもすっきりとした立ち姿は、ニンゲンが分からない俺でも和服美人なんだろうな、と感じた。
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