君がくれた世界

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 そんな中、俺の顔の左に手をついて仲間に毒づく至近距離のニンゲンの姿と、記憶している山内の特徴を合わせようと俺は必死に脳を動かしていた。  興奮した声や怒りで充血した目、髪型にシャツを緩めた襟元の感じ……。  確かに小さなところは俺の知っている山内に近いけれどいまいち自信がない。ぼんやりとした視線を目の前の男の燃える双眸に合わせる。そして、 「――山内、……?」  思わず、小さくクラスメートの名前を呟いた。俺に顔を近づけたまま、隣のジャージに怒鳴っていたニンゲンは、ピタリと口をつぐん血走った目を向けてきた。その目は、先程からの怒りとは別に少しの驚きが含まれていた。 「やま、うち……か?」  確認のために自然と口から出た名前に、目の前のニンゲンの襟から覗いた首元がみるみる真っ赤に染まった。窓ガラスについていた右手が離れたかと思ったら、急にその手は俺の制服のネクタイを掴んだ。  隣の二人の慌てた叫びが聴こえる。山内と思われるニンゲンは掴んだネクタイをシャツと一緒に力強く引っ張って、ぐうっと俺を吊り上げようとした。襟元を掴まれて息が苦しくなる。でも、それ以上に今、起こっている出来事に完全に対処出来なくて冷静さを失ってしまった。 「ワシを馬鹿にしとんかあッ!! 小泉ッ!!」  ビクンッ!!  その怒号に体が震えて目を強く瞑った。  ――怖い。目の前のニンゲンは俺に危害を加えようとしている。  ――怖い。掴まれた襟元から腕を外そうとニンゲンの手を掴む。だけど、直ぐにそれは阻まれて、さらに左の手でも首を捕らえられた。  ――苦しいっ。思わず閉じた瞼を薄く開けると、霞む視界の中でニンゲンの仲間が必死にソイツを止めようとしていた。  ああ、やだ。あの目。いつだって、みんな、ああやって。ああやって、俺に怒りや、嘲りや、失望の眼差しを向けるんだ――。  薄く開けた視界から色が消えていく。  そうだよ。みんなモノクロだったら、顔が分からなくたって大丈夫だ。だって、陰影しか無いんだから。他人の顔色を異常に気にする事もない。俺の世界には、色はいらないんだ……。  とにかく、この嵐から逃げ出したい。コイツが誰かなんて、もうどうでもいい。早く、ここから……。誰か、助けて……。
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