君がくれた世界

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「君たち! やめなさいっ!!」  あ、あの声――。あれは……。あれは!  鋭い声のした方へ車内の視線が一斉に集まる。彼はそれを一身に受けながら、こっちに近づいてくる。真っ直ぐに。俺に向かって――。  ああ、やっぱり思った通りだ。彼はいつも色を纏っている。  だって、はっきり見えるんだ。深い緑色の制服に、白いシャツの襟元に、帽子に入った金色のラインまで。  そして、はっきりと――。  彼の表情だけが、はっきりと俺の水晶体に写し出されているんだ。 「村瀬さんっ」  ドンッ!  彼の名前を声の限りに叫んで、目の前のニンゲンを思いきり突き飛ばした。ニンゲンはそのまま、うわあ、とその場に尻餅をついた。 「村瀬さんッ!」  近づいてくる彼に向かって、もう一度、名前を呼ぶ。 「小泉ッ!? お前、何するんじゃっ!」  立ち上がろうとしているニンゲンをまともに見ることが出来ない。何とか震える足で席を立って、向かってくる彼に手を伸ばした。 「カズト!?」  彼が俺の名前を呼んでくれる。村瀬さん、村瀬さんっ、村瀬さんッ!  足が縺れて前のめりになる。転びそうになった俺に咄嗟に両手を拡げて、村瀬さんはしっかりと腕を掴んでくれた。その両腕を伝うように手を這わせて、彼の制服の襟を掴む。そしてそのまま彼の胸に飛び込んで強く体を押しつけた。 「カズト……」  村瀬さんが肩に手を添えてくれる。その手の力強さに急に体が震えてくる。何とか震えを止めたくて、彼の体に両手を廻してぎゅうと抱きついた。  ああ、村瀬さん……。  怖い。怖いよ。この世界は。  この世界の奴らは俺とは違うんだ。ニンゲンたちは皆、俺を追い詰めて……。  そして、俺を壊そうとするんだ……。 「小泉……。お前……、どうしたんじゃ」  ――これは山内の声だ。いつもの山内の。だけど、少し違う。  その呟きは、なぜか淋しそうで、悔しそうで。だから振り返りたくない。見たくない。俺の知らないモノには関わりたくない。  今、俺が認識できるのは彼だけだ。俺の世界に入って来た、唯一のヒトだけだ。  いつの間にか電車は止まっていて、前の方から誰かがこっちに近づいて来ている足音が微かに聞こえた。 「君たち、一体何をしているんだ。公共の場で喧嘩をするなんて。それも、一人に向かって複数とは卑怯じゃ無いか?」
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