君がくれた世界

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 頭の上から村瀬さんの厳しい言葉が降り注ぐ。後ろでニンゲンが立ち上がる気配がした。 「別に喧嘩しとったんじゃないわ。コイツが俺を無視するけん、何でやって聞いたんじゃ」  山内、もうやめろ、とニンゲンの仲間が口々に言う。 「大体何じゃあ、小泉。こっちを見とったくせに俺が目の前に立ってもガン無視って。ほうじゃのにソイツには、そうやって……」  まだ、体は細かく震えている。だけど、もうニンゲンの声は完全に山内と一致して、醸し出す空気も俺の知っているものになった。村瀬さんの胸に埋めていた顔を少しだけ後ろへ向けて、その場に立つ山内モドキを確認するように少し見た。  ――確かに、山内、だ。  でも、一緒の奴らは完全に俺の脳内データベースには該当がない。大体、学校の制服姿以外の山内を初めて目にするから、やはり今でも本当に山内なのか分からない。それに、山内なら、あんなに急に怒鳴ったり手を出してきたりはしない。  目の前の山内モドキと目があった気がした。途端にさっきの怒鳴り声と臭い息が甦ってきて、俺は隠れるように村瀬さんの胸の中で体を小さくした。 「小泉……。お前、まさか、俺を忘れてしもうたんか……」  さらに震える俺の様子に、山内モドキの声が段々湿っぽくなってきて、小泉ぃ、そんな薄情なこと、あるんかあ、と、とうとうソイツは泣き始めた。  おい、しっかりせえ、とジージャンとジャージが山内モドキの肩に手を添える。胸元にしがみつく俺を保護する村瀬さんは、そんな山内の様子を呆気に取られて見ていた。 「なんじゃ、兄ちゃん、酒癖悪いのう。泣き上戸に絡み酒か?」  聞き覚えのある太い声に、俺は村瀬さんの胸元からソッと視線を向けた。そこには運転士の坂井さんが立っていた。  急に慌てた空気が立ち込めて、わあわあ、と泣いている山内モドキを二人が肩を抱えるように両脇に立った。坂井さんの呆れた物言いで、あの臭いが酒のものだということが理解出来た。 「君たち、申し訳無いけれど、次の駅で彼を連れて降りてくれるかい?」 「何でワシらが降りにゃあいけんのんじゃ!」  山内モドキが泣くのを止めて、村瀬さんに怒りを露にした。
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