君がくれた世界

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「……この騒ぎで電車も止めて、後続の運行に支障が出ている。他の乗客の迷惑にもなっているんだ。それに、この事態を学校や警察に通報されたくは無いだろう?」  冷静に言った村瀬さんの台詞に、ぷしゅうと山内モドキの怒りの空気が抜けた。 「三人とも前の車両に移って。坂井さん、出発してもらえますか?」  坂井さんは山内モドキたち三人を、ほれほれ、と急き立てて前の車両に戻っていく。 「カズト」  村瀬さんがしがみついたままの頭の上から俺を呼ぶ。恐る恐る頭を上げて確認したその顔は、少し厳しさを残した真顔だった。 「……詳しい話が聞きたいけえ、このまま終点まで来いよ」  ゆっくりと体を引き離されると、村瀬さんは俺の手を掴んだままで車掌台に戻っていく。そして俺を車掌台の後ろの席へ座らせると、マイクを握って謝罪のアナウンスを始めた。  山内モドキとその仲間たちは村瀬さんに言われた通り、次の駅で電車を降りていった。車内の緊張が一気に解かれて他の乗客は皆、ホッとした様子だった。  けれど、俺の気持ちは重く沈んだままだ。村瀬さんや他の乗客に迷惑をかけたことは勿論、何よりも山内モドキの発した言葉で頭が一杯になっていた。  電車が終点の宮島口に着いた。他の乗客が全て降りて、ひととおり車内を確認した村瀬さんが、俺を呼んだ。 「次の乗務まで少しだけど時間があるから」  村瀬さんに即されてノロノロと立ち上がる。一緒に改札を抜けると冷たい風の吹く中を、村瀬さんはいつも俺が彼を待つフェリー乗り場の端の防波堤へと連れていった。  俺は防波堤に凭れるように背中をつけて、目の前の村瀬さんと対峙した。背中から防波堤に当たって砕ける波の音が小さく響く。少し後ろに視線を向けると、対岸の島へと向かうフェリーが見えた。 「カズト。一体何があったんだ?」  フェリーを見ていた俺に村瀬さんが聞いてきた。その言葉は、まだ仕事中の標準語だ。 「あんなに大騒ぎをして。彼らと何があった?」 「……知らない」 「知らない、って……。確か、暴れていたのは、この前の友だちだろう?」 「……知らないよ。分からないんだ」
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