君がくれた世界

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 分からんって、と村瀬さんが呟く。俺は下を向いたまま、村瀬さんの足元に視線を落として彼の気配だけを感じ取った。  村瀬さんは黙ったまま、俺の前に立っている。村瀬さんが醸し出す気配には、呆れているとか対応に困っていると言った感情が見え隠れした。 「カズト。あの彼がお前に無視されたと喚いていたが、ほんまか?」  村瀬さんの口調が少し砕けてくる。 「お前もあんなに怯えたみたいに……。確かに彼らは大騒ぎしながら電車に乗り込んで来たけれど、何も無視をするほどのことでも無いじゃろう?」  何の返事も出来ない。だって、こんな話をしても、直ぐには信じてもらえない。だから、黙ったままで下を向いていた。 「いくら、人と接するのが面倒臭いからって」  だって、ヒトじゃ無いんだ。ニンゲンなんだよ。  村瀬さんがまた黙った。村瀬さんの足元のアスファルトの地面を、わざと視界をぼやかして眺める。  冬の薄い日射しに染まったアスファルトは、徐々にその色を無くしていく。  村瀬さんの黒い靴と深緑のズボンの裾も、段々とモノクロになっていく。 「カズト。人と話をするときは、顔を上げて目を見ろよ」  その台詞に体が震えた。それでも頑なに目を合わせない俺に、村瀬さんは、 「もしかしてお前、学校で苛められとるんか?」  もう一度、震えそうになるのを右手の拳を握って堪えた。  さっきから何の返事も無い俺に、業を煮やしたように村瀬さんが一歩、近寄ってくる。  まるでそれが責められているように感じて、思わず後退りをした。でも、すぐに後ろの防波堤に背中がついて、逃げ場が無くなってしまう。  さらに下を向いた俺に向かって、村瀬さんが右手を伸ばしてくる。その手が軽く頭に置かれて、ビクンッと大きく体が跳ねた。 「……確かに彼は未成年なのに酒を飲んで暴れとったけれど、あの時の泣きっぷりを見ると、お前が一方的に彼のことを嫌っていた感があるな」  その言葉に弾かれるように顔を上げる。 「別に嫌ってなんか無い!」  そうか? と、少し疑うような返事がある。それになぜか、ムカッとした。 「だって、本当に分からなかったんだ!」 「分からなかったって……。同じクラスなのに?」
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