君がくれた世界

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「村瀬さんは、……分かるよ」  村瀬さんがピタリと動きを止める。  しばらく、俺の顔を見たまま黙っていたけれど、やがて、掴まれていない方の手で髪を掻き上げると、はああっ、と盛大なため息をついた。 「カズト……。言うに事欠いて俺をおちょくるな」 (おちょくる?) 「まったく、真剣な顔をして何を言うんかと思うたら……。ようは、お前の気に入らんヤツは見えんで、そうじゃないヤツは普通に見えるんじゃろ?」 「――! 違ッ!」 「あのなあ。小さい子供じゃ無いんじゃけえ、そんな無視するとか口をきかんとか、下らんことはするなよ」 「嘘じゃないッ! ほんとに分からないんだ!」  そうかそうか、と村瀬さんは笑って、 「それでも、俺は分かるんじゃろ?」  それは――。それは! 「それは村瀬さんが入ってきたからだよ!」  大声で叫んだ俺に、村瀬さんが驚いた顔をした。 (驚きの顔――) 「初めてなんだ! 他人の顔が分かったのは! 村瀬さんだけなんだよ、俺の……。俺の世界に入ってこられたのはッ!」  声が裏返っている。だけど、渾身の思いを彼にぶつけた。だって、たった一人だけなんだ。俺の、このモノクロの世界に俺以外で唯一人……。 「……そうか」  村瀬さんがポツリと呟く。はっ、と外していた視線を村瀬さんに移す。そして、彼の瞳をじっと見つめる。  ――分かって、もらえた……?   村瀬さんは、ふっ、と笑顔になると、 「俺は一応、お前に嫌われてはいないらしいな」  ああ、やっぱり。 「まあ、どういった経緯かは何となく分かったよ。カズトが苛められているんじゃ無くて良かった。だけど、お前もあまり、他人に無愛想な態度はとるなよ」  やっぱり――。 「でも、今日ので懲りたじゃろ? 今度、彼に会ったらちゃんと謝って……」  あれ? どうしたんだろ?  何だか急に全ての輪郭がぼやけて、村瀬さんの色が無くなっていく……。 「カズト? お前……」  村瀬さんが俺に目線を合わせるように少し屈んだ。そして、顔を覗き込まれて、 「お前、泣いとるんか……?」  ぼやけていた村瀬さんの姿がちょっとだけクリアになった。と、同時にすうっと頬に何が伝って落ちていく。
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