君がくれた世界

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***  あの日、村瀬さんとの最悪なキスの日から俺は外に出ることが無くなった。  別に学校も行く必要も無いし、卒業式に出ればいいやと思って引きこもりを決め込んだ。何より学校帰りに、どうしても路面電車を見る度に彼の姿を探しそうで、そんな自分に嫌気が差しているのもあった。  大学も東京と広島で受かった二つの学校に絞っている。どちらもIT系の学部で他人と顔を付き合わせなくても良さそうだったからだ。  ただ、まだどちらに行くのかを決めきれなくて、申込期限ギリギリまで結論を出すのを止めていた。  父親からは、どちらにするんだ、と催促のメールが来るけれど、お金だけ出してくれればいいんだよ、と心の中で毒づいた。  でもさ。いい加減、引きこもるのも限界だ。  元々、漫画やアニメには興味が無いし、登場人物の顔の区別がつかないから映画やドラマも視ない。音楽と読書くらいは人並みに聴いたり読んだりするけれど、それで時間を潰すのにだって限界がある。  そうだ。ちょっと気分転換に服でも見に行こうかな。  また、自分の気が変わる前にさっさとダッフルコートを羽織ると、寒さに首を竦めながら近くの電停へと向かった。  以前、山内に無理矢理連れて行かれた近所のショッピングモールに向かうことにする。  上りの電車が近寄って来ると、窓から半身を覗かせてこちらを見る車掌の姿にドキドキした。けれど、それが村瀬さんでは無いことに、ホッと胸を撫で下ろしつつもがっかりな気分にもなった。  電車に乗ると席は空いているのに座りもせずに、開かない扉の近くの握り棒に体を預けて車窓を眺めた。目的の電停が近づくと、ジーンズの後ろポケットから財布を取り出す。 「カズト。いい加減、カードにしろよ」  両替を頼む度に村瀬さんは文句を言ったけれど、カードなんてとっくの昔に持っている。  ――ほんのちょっとでも、村瀬さんと話が出来る時間を作りたかったんだよ。  電停に着いて財布をカードリーダーに翳した。ピッ、と言う音と共に、ありがとうございました、と車掌に礼を言われる。村瀬さんと同じ制服姿の車掌は全く分からない顔だった。
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