君がくれた世界

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 大きなショッピングモールに着くと、建物の中を当ても無くぶらぶらする。幾つかのショップに入って何着かの気になる服を物色したけれど、どれもピンと来るものが無かった。  店員に声をかけられる前に早々に退散して、本屋に寄って雑誌を立ち読みして、ゲームセンターでゾンビを退治して、ちょっと疲れたな、と思って一人でカフェに入って……。  ミックスジュースを飲みながらスマホを弄りつつ、周りにいる親子連れや俺と同じ年くらいのグループの姿をぼんやり眺めた。ずずー、とグラスの底のミックスジュースを吸い上げると、モール内に迷子のアナウンスが流れ始める。  ――俺も良く迷子になったよな……。  飲み終えたグラスを持って席を立つ。返却口にそれを返して、もうちょっとだけ何か探してみようか、と歩き出した。  もう、帰ろうかな……。  有り余る時間に任せてひととおり気になるショップを巡ったけれど、どれもいまいちだったな。そう思いつつ歩いていると、ふと、あるショップのディスプレイが目に留まった。  そうだ。スーツ、要るよな。大学の入学式で高校の制服なんてあり得ないし。  何となく、ディスプレイされているスーツを眺める。ディスプレイの横には実際にモデルが着ている写真も置いてある。顔は分からないけれど、大人の男って雰囲気。  でも、これはちょっと俺には背伸びし過ぎかな。村瀬さんなら、凄く似合いそうなんだけれど……。  自然と彼を思い出して苦笑いする。ちょっとしたことをすぐに彼に置き換えてしまう自分にいやになる。思い出さないように、考えないようにしていても、脳細胞の一つ一つに彼の姿が複写されていて、気を抜くとすぐに鮮明に村瀬さんが再生されるんだ。  酷いこと言われたのに。信じてもらえなかったのに。口の中、血が出ていたのに……。 「何か、お探しですか?」  急に声をかけられて、ハッと我に返った。ぼんやりしていたから店員に声をかけられた。  いえ、別に、と言ったものの息をつく間も無く話しかけられて、とうとう断り切れずに店の奥に引っ張り込まれてしまった。  何着かのスーツを着せ替え人形のように試着させられて、どれもお似合いですよ、との通り一辺倒の台詞を聞き流して、何とか店から脱出する。  ふぅ、と一息つくと急に空腹感に気がついてスマホで時間を確認した。
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