君がくれた世界

61/110
前へ
/110ページ
次へ
 ええっ、もう八時前だよ。どうしようかな。何か食べて帰ろうか?  うろうろと食堂街を歩いてみたけれど、どの店も入るにはハードルが高くて躊躇した。ここでの食事は諦めて帰ろうかと思った時、ぷうん、と食欲を刺激する匂いが鼻をついた。  あ、あれ――。食べたこと無かったな、広島風のお好み焼き。  いや、ここでは普通にお好み焼きだっけ。前に、広島風って言ったら、かなりの勢いで山内に訂正されたな。  もう、ここに住んでそれなりになるけれど、一度もお好み焼きを食べたことが無かった。別に食べたいとも思わなかったし、そんな機会も無かったし。  それなら今がいい機会なのかもと思いながら美味しそうな匂いに誘われて、お好み焼き屋に生まれて初めて入っていった。  初めてのお好み焼きを目の前にする。うーん、焼きそばをクレープ生地で挟んだ感じ?   少し切り取って、ぱくん、と口に入れると濃厚なソースの程好い甘辛さが舌に感じられた。空腹も手伝って、パクパクとお好み焼きを口に運ぶ。  途中で、机の上のソースや辛子マヨネーズをつけ足しながら、あっという間に完食した。  美味しかったけれど食べ慣れていないから、どうしても生地、野菜、そばと綺麗な層だったお好み焼きは崩れてきて、最期はやっぱり焼きそばのようになってしまったな。  かなりのボリュームのお好み焼きを平らげて、ふぅ、と息をつく。スマホで時計を確認すると九時前で、そろそろ、このショッピングモールも閉店間近になっていた。  もう帰ろうとグラスの水を口に入れて、青海苔の存在を気にしながら二、三度くちゅっ、とやってから飲み込んだ。  ショッピングモールを後にして最寄りの電停で帰りの電車を待つ。二月終わりの夜はまだまだ寒くて、ふるり、と体が震えた。  あ、でも、花が咲いてる?  電停近くの木の枝に小さな白い花がぽつぽつと咲いている。  なにかな? 桜……、じゃ無いな。梅とか桃とか? こんなに寒くても花はちゃんと春が近い事が分かっているんだ。  すう、と吹いた風に潮の香りが乗っかっている。  ここから海は見えないのにな。海……、見に行こうかな……。  電停の電光掲示板に宮島口行き電車が近づく事が示された。電停に着いた電車の開けられた扉から車内に入り込んで、このまま終点まで行くことにした。
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

766人が本棚に入れています
本棚に追加