君がくれた世界

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***  大失敗だ――。  ほんの三十分程前。俺は、かなりの勢いで停まっていたフェリーに飛び乗って、対岸の島へ向けて出発した。  彼に逢いたい。  もう、頭にはそれしか無かった。だけど、フェリーに乗ってすぐに今の自分の状況が、かなり馬鹿なことになっているのに気がついた。  この船、最終便じゃん……。それに、村瀬さんちの旅館って、どこ?  フェリーに乗っているニンゲンたちはどう見ても観光客では無いようで、中には制服を着た学生の姿もあった。どうしようと思う間もなくフェリーは宮島の桟橋に着いて、皆、それぞれの家路について行った。  そんなニンゲンたちの後について俺もフェリーを降りると、フェリーターミナル前の広場へと足を進める。多分、昼間は観光客で賑わいのある広場なのだろうけれど、今は街灯に薄く照らされて淋しさが蔓延していた。  広場に設置してある島の案内板を眺めて、少しターミナルの右手の方へと歩いてみる。海岸沿いの防波堤寄りに歩いていると、対岸の街の灯りが暖かそうに瞬いていた。  何だろうな。フェリーから降りた瞬間にも感じたけれど、何だかここは空気が違う。いわゆる、清んでいる、って感じ。車が通らないからかな?  でも、それだけじゃ無いみたいだ。やっぱり島全体が、何かに包まれているような気がする……。  あまりターミナルから離れないように気をつけつつ、暗い海を前にする。何だか波の音も小さくて優しく聴こえる。こんなに心細いのに。  さっき見た島の案内板を思い出してみた。  今、海が目の前だから、左手に行くと土産物屋のある商店街とその先に厳島神社、そして大鳥居。この海辺の道が、そのまま神社への参道なんだ。  でも、あの案内板じゃあ、店や旅館なんかの詳しい名前は載っていなかった。  そうだ。ターミナルの待ち合いで、もっと詳しい観光案内のパンフがあるんじゃ……。  やっと、そのことに気がついてターミナルへと引き返す。だけど、ターミナルはすでに施錠されていて待ち合いに入ることが出来なかった。  ビュウッ、と冷たい海風が吹きつける。ぶるんと反射的に体が震えた。  これは……。いよいよ本格的にかなりヤバイ。
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