君がくれた世界

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 施錠されたドアを前にぼうっと突っ立つこと数分。その間にも潮の匂いの混じった冷たい風は容赦無く俺に吹きつけてくる。  日が落ちてから随分経つからか、スニーカーの裏から冷気が足を伝って、しんしんと体に上がってきた。ドアの前から離れて階段を降りると、また、広場の中央に立ち竦んだ。  どうしよう……。  ダッフルコートの前をきつく合わせて風が体の中に入り込まないようにすると、ポケットからスマホを取り出した。寒さで悴んだ手で画面を操作しようとすると――。 「なんで充電切れなんだよっ!!」  頼みの綱のスマホが使えないことに、心の中の何かがポッキリと折れてしまった。  そのまま、よろよろと少しでも風の当たらない場所を探す。ターミナル前の広場には少し盛り上げた土に木々が植えてあって、その盛り上げた土をくるりと石垣で囲ってあった。  取り敢えず一番大きな木を囲う冷たい石垣に腰を下ろす。両手をコートのポケットに入れ、猫背になって座っていると、何だか自分が情けなくて泣きそうになってしまった。  本当に馬鹿だ、俺――。  いつもの自分ならこんなこと絶対にあり得ない。なぜなんだよ。彼の、村瀬さんのことになると、どうしても冷静でいられなくなる。  彼を好きだと認識してから、俺は今まで自分が心掛けていたことの反対ばかりをしている。  他人と深く付き合わない。自分からは声をかけない。だけど、名前を呼ぶニンゲンは俺を知っている奴だから、極力無視とかしないように。  なのに、たかが顔の表情が分かっただけで、俺は彼に心を許してしまった。わがままも言った。甘えてもみた……。馬鹿だな、ほんと。  冷たい風を受けないように両膝を抱えて座る。そのまま、膝に額をつけて目を瞑った。  居場所も知らないのに、こんなところにまで来てさ。  最終電車の乗り過ごしなら歩いて帰れるけれど、周り海だよ? どこにも行けないじゃん。  泊まるところもなくて、こんなに寒い中を野宿すんの? 死んじゃうよ、それ。  ……もしも。  もしも、奇跡的に村瀬さんと会えたとして、その後、どうするつもりだったんだよ?  車掌、辞めんなって言うつもりだった?  旅館なんか継ぐな、結婚するな、なんて?  ずっと一緒に、ずっとそばにいて欲しい、って言いたかった?
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