君がくれた世界

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「でも、偶然、そこに通りかかった他の人がいて、」  イヤダ、ヤメテ、と叫んだ俺の声にその人は反応してくれて、間一髪で車の中から俺を引っ張り出してくれた。不審者はそのまま逃げ出したけれど、車のナンバーと、ある特徴からすぐに警察に捕まった。 「不審者はさ、鼻の右横にとても大きなホクロがあったんだって。それで、俺があった不審者たちは実は一人だったって解ったんだ」  両足を引き寄せて抱きかかえる。顔を埋めたマフラー越しに大きく呼吸をした。冷えた空気と一緒に村瀬さんの香りが肺一杯に満たされた。 「そんなに特徴的なのに、どうして分からなかったんだって、廻りの大人たちは不思議がった。そして、その不審者が俺を三回も狙った理由も判ったんだ」  その男はいわゆる少年趣味で、俺がタイプだったそうだ。最初にあまり騒がれなかったのと、二回目も誘い出すのに成功したこと、それに、 「顔を隠していたわけでは無いのに二回も成功したから、次までの間に何度か俺の前に姿を見せたんだって。でも、俺がソイツの顔を見ても何のリアクションも無かったから……」  ……あの子は少し頭の足りない子だと思った。 「それまでも良く迷子になったし、小学校に上がってから人を間違えることが多くなって」  そんなことになって心配した両親は、俺をいろんな病院に連れていった。そして下った診断が失顔症だった。  ――カズくん、ママの顔も分からなかったの?  悲鳴に近い母親の言葉を今でもはっきり思い出せる。 「じゃあ、あのクラスメートの彼を無視したって言うのは」 「……山内は学校の制服姿しか知らないから。だから私服で印象が違って分からなかった」  そうか、と村瀬さんが小さく呟いた。 「それから、自分が他人と違うんだっていやって言うほど分かった。挨拶が出来ない、無視された、なんていつも言われた。友だちなんか出来ないよ。だって、クラス全員の特徴を掴んだ頃には、クラス替えでまた一からやり直しなんだ」  何とか皆に溶け込もうと努力した。けれど、自分の気づかない内に相手に不快感を与えてしまって……。苛められたし、クラスから孤立した。 「だから、一人の世界を創った」
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