君がくれた世界

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 顔の見えない人たちはみんなニンゲンだ。  姿かたちは人なのに顔が無いから人の間(あいだ)の生き物でニンゲン。ヒトじゃ無いから取扱注意だ。  だけど哀しいことに、この世界はニンゲンたちの世界で俺のようなヒトは今までいなかった。俺が認識できるヒトは今までに一人も。 「カズト……。俺の顔は……、分かるか?」  踞っていたマフラーから少しだけ頭を上げて、彼の顔を見た。彼の眼は不安そうで、でも、少しの期待が見てとれた。 「うん……。分かるよ……」  村瀬さんが、まるで詰めていた呼吸を再開するように、ふぅ、と白い空気を吐き出した。 「分かるって、どれくらい?」  さらに小さく確認するように問いかけてくる。 「ちゃんと目と鼻と口がついていて」 「……おい、」 「表情としてちゃんと認識できているよ。村瀬さんの顔はすごくハンサムでかっこいい」  彼が少し照れたような表情をした。  失顔症にも人によって程度があるらしい。ある人は鏡に映る自分の顔さえ分からない場合もあれば、一部の、例えば細面の顔だけが認識できないといったように、その症状も様々だ。  俺は自分の顔は分かるし、長年一緒に過ごした両親の顔も何となく認識できる。それに人の美醜もちゃんと理解はできた。 「だけど、村瀬さんが初めてだよ。初対面でこんなにはっきりと姿かたちが分かったヒトは」 「……それが、お前の世界に俺が入れた、って意味なんじゃな?」  村瀬さんの台詞にちょっと驚いた。でも、こくんと頷いた。村瀬さんは、ちゃんと俺の言葉を聞いてくれている。どんなに小さな言葉でも理解しようとしてくれている……。  俺を見ていた村瀬さんが視線を外して前を向いた。その彼の横顔を今度は俺がじっと見つめる。すっきりとした横顔は淡いオレンジ色の街灯の下でもくっきりとして、閉じられた唇が意思の強さを感じた。  ああ、やっぱりこのヒトの顔、好きだな。  でもきっと、このヒトは俺から離れて行くんだろう。車掌を辞めて、旅館を継いで、結婚して、可愛い子どもを作って、いい父親になるのだろう。  その頃には、俺はどうしているのかな。彼への恋を忘れて、誰かと一緒になっているのだろうか。どこかで新しい世界を創れているのだろうか。  それとも、変わらずに孤独で過ごしているのだろうか……。
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