君がくれた世界

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***  海沿いの参道は寒いから、と村瀬さんは土産物屋の並ぶ商店街を歩いた。冷たかった右手は村瀬さんの大きな左の手のひらにしっかりと握られている。  ――あったかい。  少し前を歩く村瀬さんの後を俯き加減についていく。すでに土産物屋の軒先は全て閉まっていて、商店街の灯りは点いているのに誰も通らない通りは不思議な感じがした。  ――さっきの問いかけは何だったのかな。  どこへ連れて行かれるのか分からない中でぼんやりと考える。  二回目だ。好きだって言ったのは。  唐突に切り出した一度目とは違って、さっきの村瀬さんは俺の答えを何らかの形で取り込んだ。  また、悪ふざけだと思われたかな……。あの時の鉄臭い風味が口の中に再現された。 「村瀬さん。あの……、ごめんね……」 「……何について謝っとるんかのお?」  ああ、そうだ。謝ることが沢山ありすぎるな。だけど、まずは……。 「えっと……、前の時の……。その、口、痛かったでしょ?」  ああ、と村瀬さんが思い出したように笑って、 「あれはマジで痛かったわ。口ん中、切ってから大変じゃった」  ははっ、と笑い話にした村瀬さんに、ホッとしたような、がっかりしたような複雑な気持ちのまま、もう一度ゴメンと謝った。  いつの間にか商店街は終わっていて、少し山側へ向けて歩いている。廻りの灯りが無くて良く分からないけれど、空気に混じった匂いは緑の葉の香りがした。  ジャリジャリとスニーカーの底から砂を踏みつける音がする。どこかの広い公園の入り口と思われる風景の先に、暗闇に浮かぶ二つの灯りが見えた。村瀬さんはその灯りに向かって歩んでいるようだ。  眼が慣れてくると灯りの横は板張りの塀が続いているのが解って、その塀の向こうには日本家屋の屋根瓦が銀色に鈍く光っていた。  ――大きな家だな……。いや、何だか普通の家と違うな。  二つの灯りに近づくと、ようやくそれが和風の古い門の入り口に掲げられた大きな提灯だと解った。村瀬さんはその門の前で俺の手を離すと一旦立ち止まって、こちらを振り返った。 「ここは……」  おずおずと訊ねた俺に、 「俺の実家」  と言うことは、旅館?
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