君がくれた世界

74/110
前へ
/110ページ
次へ
 村瀬さんは大きな古い門から中に入っていく。奥には旅館の格子戸の扉が見えて、向こう側からは暖かそうな灯りが漏れ出ている。両側に植えられた木々や岩に挟まれた真ん中の石畳の通路をキョロキョロしながら村瀬さんに着いていった。  村瀬さんは普通にからからと格子戸を開けて、旅館の玄関へと入っていった。高級感が漂うその趣に、戸惑うばかりの俺は入り込むことが出来なかった。 「ほら、カズト、寒いけえ早う入ってこんか」  ……入ってこいって言われても。  広い玄関の真ん中で手招きする村瀬さんの後ろから、パタパタと一人のニンゲンが奥の廊下の暗闇から出てきた。 「あら、寿明。ちゃんと見つかったんじゃね、よかったわ」  あ、この女の人――。着物の柄は違うけれど、この声はあの時の人に似ている。 「ああ、姉さん。すまんのう、こんな時間に」  和服の女の人は、ええんよ、と言ってその場に膝をつくと、いらっしゃいませ、寒かったでしょう? と、スリッパを用意してくれた。 「カズト。挨拶」  小さく言われてハッとする。そして慌てて、「小泉一人です」と、鼻声で頭を下げた。 「可愛い男の子じゃね」  うふふ、と微笑みを含んだ声はとても優しくて、村瀬さんの声色に良く似ている。 「可愛いったって、もうすぐ高校卒業じゃ」  なぜか手を伸ばされてガシガシと頭を擦られた。女の人が出てきた奥から、さらに白い寿司職人のような服を着たニンゲンが出てきた。 「すみません、お義兄さん。夜分にお騒がせして」  いや、ええよ、とその職人さんは言った。お腹は空いとらん? と、女の人に聞かれて、あの、えと、と口籠もる。すると村瀬さんが、 「大丈夫じゃろ。お好み焼き、食べたみたいじゃし」 「そお? じゃあ、お風呂が使えるから温まったらええわ。お部屋も用意してあるけえね」 「部屋なら俺の部屋に一緒に寝かせるからわざわざ準備せんでもええのに」  村瀬さんが広い三和土から上がりながら言って俺も慌てて靴を脱ぐ。その時小さく、「馬鹿言わんのよ。未成年でしょ、あの子」と、女の人が村瀬さんに注意しているのが聞こえた。  ああ、こっちの挨拶が遅れた、と、村瀬さんが殊更明るく言って、
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

765人が本棚に入れています
本棚に追加