君がくれた世界

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「カズト。こっちは俺の姉だ。そして、こちらは姉の旦那さん。俺の義理の兄さんだよ」  村瀬さんのお姉さんと、お姉さんの旦那さん?  多分、首を傾げていたんだろう。女の人の軽やかな笑い声がして、 「この旅館の板長と若女将なんよ」  和服の女の人と寿司職人っぽい男の人は、とても明るい雰囲気で自己紹介してくれた。  自分の部屋に連れ込まんのんよ、と小さく釘を刺された村瀬さんは、なぜか俺の肩を抱くように飴色に光る廊下を部屋へと案内してくれた。俺はと言えば、見慣れない建物の雰囲気に目まぐるしく視線を動かして、この空間の情報を取り込もうとした。  しん、と静まり返った廊下には等間隔で部屋の入り口がある。だけど、どれも中のニンゲンは休んでいるのか、それとも空き部屋なのか分からないほど、人の気配が感じられなかった。  二階の一番突き当たりの部屋の扉をカラリと引きながら、ここだよ、と室内に通される。入ったらまた襖があって、その奥には広い畳の部屋の真ん中に布団が敷いてあった。  躊躇しながら部屋に進んだ俺に、コートを貸せ、と言われて脱いで渡した。村瀬さんはハンガーにコートを掛けると、俺に何かの服を手渡してくれた。 「何?」 「これから風呂に行くんじゃろ? 浴衣と半纏。洗面所にタオルがあるから取ってこい」  何だかいまいち状況について行けないまま、暗い洗面所から手探りでバスタオルを探しだした。タオルを持って村瀬さんに近づいた俺に、 「この時間なら、もう風呂はお前だけの貸し切りじゃ。それに、」  浴衣と半纏を俺に渡した村瀬さんが、それを受け取った俺の後頭部に手を差し込んで、ぐっ、と引き寄せられた。  わっ、わわ!?  抱かれるように近づいた体に急に心臓が大きく動き出す。左耳に頬を寄せられて、顔が真っ赤になる。一体、どうした……。  ――すんすんすん。  村瀬さんから短く空気を取り込むような音が聴こえたかと思うと、顔を離されて、ふー、と息が吐き出された。 「カズト。お前、すごく旨そうな匂いがする」  う、旨そう? 「どっ!? どういう意味っ?」  浴衣とタオルを抱きしめて後退りする。にやにや顔の村瀬さんが、 「お好み焼きの匂いがする。この甘い感じはオタフクソース」
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