君がくれた世界

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 ソース、の匂い……。俺が旨そうってことじゃ無いのか。  ああ、それで俺が夕飯にお好み焼きを食べたことが判ったんだ。じゃあ、あの鹿もソースの匂いに誘われて? 「……お好み焼きのソースってそんなに種類があるの?」 「あるよ。知らんかったんか?」 「……今日、初めて食べたし」  その台詞に、村瀬さんはかなりの勢いでドン引きした。  別にいいじゃん。生まれて初めて食べても。何をするにしたって、必ず最初は初めてなんだし、そんなに驚かなくてもいいじゃんか。  ドン引きした後、なぜか大笑いされて、ヒイヒイと痛む片腹を抱えた村瀬さんに旅館の風呂に案内された。  本当ならもう風呂は閉まっている時間らしく、俺のために村瀬さんのお姉さんが、わざわざお湯の火を落とさずに待っていてくれたそうだ。  あー、ほんと俺って、村瀬さんに迷惑ばっかりかけてるよ。  ザブンと湯船から体を引き上げた。濡れたタオルを手にぺたぺたと滑らないように歩いて、ガラリと脱衣場への扉を開けた途端、 「何じゃ、カズト、もう出たんか。まるでカラスの行水じゃな」  ピシャンッ! ガタガタッ! 後ろ手に閉めた扉に思い切り背中を引っつけた。 「なっ! はっ? えっ!?」  前髪からポタポタ落ちる水滴の向こう側に、村瀬さんが着ていたセーターを脱いで脱衣かごに入れている。  ――貸し切りだって、言ったじゃん!  驚いて茫然としている俺の姿を村瀬さんが上から下へと視線を移して、 「……お前、体くらい拭いて出えや。びしょびしょじゃないか」  うわっ!  嘘でしょ!? 裸、見られたっ!!  慌てて持っていたタオルで大事なところを隠す。背中も丸めてなるべく体を小さくすると、 「な、なんで! いるの!?」  セーターだけ脱いだままの村瀬さんは、は? と聞き返して、 「風呂入るんだよ。ついでに掃除も頼まれた。早ようこっちに来て体を拭けよ」  こんなに沢山ある棚の中で、どうして俺の横の脱衣かごをわざわざ使ってんだよおッ!  パニック状態で目も合わせられない。ますます体を小さくしていると、ため息をついた村瀬さんがこっちに向かって来る気配がした。  うわあ、もう見ないで、近寄らないでえ!
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