君がくれた世界

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「ぎゃあっ!!」  パンツ一丁の姿をまた見られてしまう。 「何ちゅう声を出しとるんじゃ。ほら、しゃんと立て」  突然の出来事に魂が抜けた俺の体に村瀬さんが手際よく浴衣を着せてくれる。 「左側が下で右側が上になるとな、亡くなった人の着方になるんだ」  前に跪いた村瀬さんが俺の腰に両腕を廻す。下に視線を移すと、村瀬さんの首と薄く筋肉の盛られた肩のラインがすっきりと続いていた。くるくると体に帯を巻かれて、きゅっ、と絞められると村瀬さんが立ち上がって、 「よし、これでええじゃろ。でも、着たこと無かったんか? 浴衣」  ようやく抜けた魂が戻ってきて、こくんと頷いた。 「浴衣どころか、こんな旅館とかに泊まるのも初めて」  少し目を見開いた村瀬さんが、 「初めてって……。家族で旅行に行ったりせんかったんか?」 「……無い。家族旅行とかキャンプとか。と言うか、東京から出たこと無かった」 「出たこと無かったって……。さすがに修学旅行には行ったじゃろう?」 「行かせてもらえなかったし、行きたいとも思わなかった」  両親は不仲だったから、三人で旅行をすることは無かった。小中学校の頃はクラスから孤立していたし、周りのニンゲンの区別が付きにくい俺を遠くにやるのを母親が嫌がった。  しばらく前に立って俺を見下ろしていた村瀬さんは、ぽつりと、そうか、と言った。何となくその視線が居心地悪くて落ち着かなかった。 「さむっ。風呂入らんと俺が風邪引くな。カズトもちゃんと髪を乾かせよ」  背中が逆三角形だ……。風呂に向かうその後ろ姿の美しさに、ぼお、と見とれていると、 「そうじゃ、カズト。明日の朝は早ように起こしに行くからな。夜更かしせずに寝るんで」  朝早く? 「見せたい物があるから。しっかり休んでおけよ」  引き締まったお尻も見たいと思った俺を置いて、村瀬さんは風呂場へと消えていった。
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