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あ、あの大きな鹿。なんで、宮島に鹿がいるんだろう? 大きかったなあ。ボスなのかな? でも、鹿ってボスとかいるのかな?
ゆさ。
――なに?
ゆさ。ゆさ。
誰かに小突かれている? まさか、あの鹿?
「おい、起きろ、カズト」
やっぱり喋れるんだ。宮島の鹿は。さすが、神の島で暮らしていると鹿も話すことが出来るんだなあ。
すんすん。
あ、また匂い嗅がれている。風呂に入ったから、もうお好み焼きの匂いはしないはずなんだけれど。
「全く……。また、何ちゅうセクシーな格好で寝とるんじゃ」
この鹿、村瀬さんの声にそっくりなんだよな。
「こらっ、カズト。ええ加減に起きろ。でないと、食っちまうぞ」
鹿のくせに何言ってんの。草食でしょ? 君たちは。
――っ、うわっ、眩し……。
「そんな格好しとったら、本当に襲うぞ。こっちは我慢しとるのに」
急に耳元で響いた低い声に、ばちんっ、と瞼を開けた。ぼやけた視界は眩しい光の中に、誰かが覆い被さるようにこちらを見ている様子を捉えた。
って、村瀬さんッ! 近ッ!
至近距離に村瀬さんの顔を認めて、飛び起きた。
「うわっ、あぶなっ! お前、早よう起こしに来るって言うたろうが」
すんでのところで体を引いて、俺の頭突きを免れた村瀬さんが苦笑いをする。
「しかし、一体どうゆう寝相でそんな状態になるんかのう?」
ん、寝相? 苦笑いで見下ろされている視線を辿ってみる。
「……わっ、わわ!」
多分、昨夜は布団が暑くて寝苦しかったんだろう。掛け布団を蹴り上げて、浴衣から自分の生白い太ももが、にゅうと剥き出しになっている。
飛び起きた両肩も大きく襟元が開いて二の腕の方までずれ落ちて、帯だけが申し訳程度に腰に巻きついていた。
ずれた浴衣を引き揚げて、恥ずかしさで真っ赤になった胸元を隠そうとすると、
「早く着替えろよ、カズト。でないと間に合わなくなってしまう」
いきなり村瀬さんは、温かな布団を剥ぎ取った。
「ちょっと!」
「恥ずかしがっとる暇も無いんで。早よう」
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