君がくれた世界

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「あーっ、ほんとに疲れた! もう無理ッ!」 「ハイハイ。あと、もう少しじゃけえ」 「何回目!? その台詞」  俺の後ろを歩く村瀬さんが、はははっ、と快活に笑った。村瀬さんの笑い声は大好きだけれど、こんな状況で聞くと何かムカツク……。 「でも、本当にそろそろだ。ほら、顔を上げて見い」  ずっとこの山道を足元だけを見て歩いてきた。時に村瀬さんは俺を先導し、後ろからお尻を叩かれて、ここまで何とか登ってきた。 「あれが弘法大師が建立した寺。あの先のお堂で最後の休憩にしよう」  ほんとだ。こんな山の上にお寺がある……。  今まで冷たい湿った木立の匂いの中を歩いて来たのに、少し開けたお堂の前に着くと、スウッと空気が澄み渡った。村瀬さんが先に行って、ここに座れと言われて、べたんと腰を下ろした。 「あー、マジで疲れた……」  村瀬さんがリュックサックの中からペットボトルを取り出して俺に渡してくれる。半分に減ってしまった水をゴクゴク飲んでボトルを返すと、村瀬さんは残りの水を全て飲み干した。  ――さっきから間接キスしまくり……。  ここまでは山道を登って来るのに必死になっていたから、急にそれが分かってしまうと頬が赤くなってしまう。照れた様子を悟られたくなくて、 「あと、どれくらい?」  そうだなあ、と村瀬さんがこの先の道行きを説明してくれる。 「あと二十分もかからんじゃろ。それよりも、どうだ? 初めての山登り」  紅葉谷と言われる公園から登山口に入ったところで、今までに登山もしたことが無いと言うと、また村瀬さんに大笑いされた。 「なんでこんなに大変な思いをして、みんなが山に登るのかが分からない」 「そりゃ、そこに山があるからじゃろ」  ――どこかで聞いたような台詞を言っちゃって。 「でも、村瀬さんは慣れているみたいだね。山登り、好きなの?」  ああ、と火を点けた煙草を咥えた村瀬さんが、 「この弥山(みせん)はな、ガキの頃からムシャクシャしたことがあると、良く登って頭を冷やしたんだ」 「……すごいストレス解消法だね」 「そりゃ、島の中で育ったら簡単にゲームセンターやなんかに行かれんからな」  だからって、この山道を一人で行くなんてすごいな。 「村瀬さんにもムシャクシャすることがあったんだ」
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