君がくれた世界

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「さあ、カズト。そろそろ行くぞ。あと少しじゃから踏ん張れよ」  村瀬さんが明るく言って歩き出す。けれど、俺の心は反対に重く沈んで行くようだった。  大きな岩と岩の上に、どうやって横に置かれたのか皆目見当がつかない、もっと大きな岩が見えてくる。それらの岩の下に出来た空間を潜ると、村瀬さんが前方を指差した。  あ、あれが頂上? やっと見えた山頂に、ちょっとだけ体が軽くなる。  前を歩く村瀬さんの大きな背中を眺めて、もうちょっと、あと少し、と呪文を唱えて足を動かすと、やっと木々も無くなって開けた空間が拡がった。 「頑張ったな、カズト。弥山の頂上に着いたぞ」  はあはあ、と背中で空気を出し入れしてガクガク震える膝に両手をついた。 「良かった。間に合ったな」  何が間に合ったんだろ? ふぅ、と息を調えて体を起こしてみる。旅館を出たときには真っ暗だったのに、今は空が薄い藍色になっていて少し厚い雲が覆っていた。 「わ……」  少し遠くに向けた視線の先に空と同じ藍色をした海が広がって、黒い島々が浮かんでいた。いつの間にか村瀬さんは山頂に作られた展望台へと歩いている。俺も力の入らない足を奮い起たせて、村瀬さんの後を追う。 「展望台、新しゅうなったんじゃなあ」  あれだけ急な山道を登ってきたのに村瀬さんは疲れた様子も無く、スタスタと階段を上がった。俺はと言えば、何とか手すりにしがみついてプルプル震える足を必死に前に動かした。  建て替えられたばかりだと言う展望台は確かに綺麗で広かった。ちょっと階段を昇っただけなのに、なぜか空が近く感じる。 「カズト、こっちに来てみい。凄いの見せてやるぞ」  村瀬さんに手招きされて展望台の端の方へ近寄る。隣に立つと、ほら、と指を差された方角を見た。目の前に映るのは島の対岸。まだ薄暗い空の中に山々が広がって、中腹から下の海岸線へ向けて小さな灯りがたくさん瞬いている。 「あれが、お前の住んでいる街だよ」  視線を下へ向けると、昨夜、フェリーに飛び乗った対岸の船着き場の灯りが背の高い木々に邪魔をされながらも見てとれた。 「山の真ん中を真横に走っているのは高速道路。ほら、車のライトが動いとるじゃろ? それに新幹線も走っているんだぞ。まあ、ほとんどトンネルの中だけどな」
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