君がくれた世界

84/110
前へ
/110ページ
次へ
 村瀬さんに言われるまま視線を向けていると、不意に左肩に重みを感じた。見ると左の肩に村瀬さんの手が置かれている。それを認めて右に視線を移すと、近い位置に村瀬さんの横顔があって、ドキンッとした。 「宮島口、分かるか?」  耳元で村瀬さんの心地好い声が響いた。のどから心臓が飛び出そうで、うん、と返事が出来ない。代わりに一つ頷くと、村瀬さんは目の前の空間に右手を伸ばして、 「そのまま左側を見ていくとな、大竹があって岩国になって、そして山口へ続くんだ」  村瀬さんの右手が左側へ動くと余計に体が近くなる。そして右の方が、と今度は右側へゆっくりと村瀬さんの体が少し離れていく。追いかけるように視線を向けたら、まるで自分の方から村瀬さんの体に近寄っているようだった。 「あれが、お前が終電乗り過ごして送ってやる時に走る宮島街道。その先、ほら、あの橋が、この前落ちそうになっていた廿日市大橋」 「……別に落ちそうになんて」  おどけた村瀬さんの口調に少し緊張が解れていく。ようやく肩を抱かれた今の状態がうれしく思えてきた。 「宮島線の線路はどれ?」 「そうじゃなあ。今は町の中を走っているから、少し判りづらいな。昔は宮島線は海沿いを走っていたんだそうだ。どんどん海岸を埋め立てて土地を作ったから、今では海から随分離れたところを走っとるよ」  これは親父に聞いた、と村瀬さんは言った。 「結構、山に向かってマンションとか家とか建っているんだね」  右側を見るほど広島市内に近くなる。どんどん街の灯りが多くなって、高層ビルの赤い灯りが何かを誘うようにいくつも点滅していた。  藍色が薄くなっていくなかに、色とりどりに輝く地上の星たち。あれはみんな、ニンゲンの人造の星――。 「……きれいだね」  素直に口から出てきた台詞に、 「これくらいできれいって言っとったらまだまだじゃ」  村瀬さんは笑うと、俺から離れて反対に体を向けた。 「この先には天気がよければ四国も見えるぞ。石(いし)鎚山(づちさん)が見えるんだ」  足が痛いのなんか忘れて、展望台の反対側へ小走りした。手すりに手をかけて少し前のめりに遠くの景色へ目を凝らす。だけど今日は雲が出て霞んでいるのか、遠くに望める四国の山を見ることが出来なかった。
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

765人が本棚に入れています
本棚に追加