君がくれた世界

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 明けていく対岸の街と海と空を飽きもせずに眺めた。  これが俺の住んでいる街。少しずつ眠りから覚めて、様々な物が動き出す。これが俺と村瀬さんが出逢った瀬戸内の街……。 「この景色を俺に見せたかったんだね」  眼下の風景に視線を留めたままで呟くと、隣の村瀬さんが小さく頷いたように感じた。そして、ふっ、と一つ呼吸をすると、 「これが、俺の世界だよ、カズト」  その突然の言い回しに驚く。 「俺が生まれて育った世界だ。小さな世界だけどな。でも、ここで笑って、泣いて、怒って、悩んで、恋をして、楽しいことも苦しいことも経験してきた世界だ。そして、これからも生きていく場所だよ」  ほんと、小さな世界だ、と村瀬さんはふふっと笑う。  そんなことない。今まで、俺が作って頑なに閉じていたモノクロの世界に比べたら、何千倍も広くて明るくてカラフルで。  ……素直に羨ましい。俺も本当は、こんな世界にいたかった。 「だからな、カズト」  村瀬さんがこちらを向いた気配がした。そして、 「俺の、この世界をお前にやる」  ……。今……。なんて……? 「どこにも行く所が無いなんて言うな。無いのなら作ればいい。それも無理なら、」  村瀬さんが右手を伸ばして、ポンと俺の頭に置いた。 「俺の傍におれ」  弾かれたように村瀬さんの顔を見た。だけど、なぜだろう。彼の顔は眩しくて、その表情を確認することが出来なかった。 「……それ、は……。どういうこと……?」  眩しい彼が笑っている。俺の頭に置いた手で優しく髪を撫でられる。 「分からんかったか? つまりな、」  少し照れ臭そうな、でも、はっきりとした口調で、 「俺も、お前が好きじゃ。じゃけえ、俺の隣におれ、カズト」  するりと耳に入った言葉が鼓膜を通り抜けて脳へと達した。その意味を脳が解析するよりも先に、体が彼の胸に飛び込んでいた。  ドンッ、とぶつかってきた俺を揺らぎもせずに彼が受け止めてくれる。そして、ぎゅっと強く抱きしめられた。  村瀬さん、村瀬さん……。  勝手に唇が彼の名前を綴る。  もう、頭が真っ白で――。  胸が、きゅう、と締めつけられて――。  全身が切なくて苦しいのに、なぜ、こんなに嬉しいんだろう……。
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