君がくれた世界

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 やわやわと俺の頬を触りながら、ははっ、と村瀬さんがまた笑った。 「やっぱり盗み聞きしとったんか。あの時の女性は姉さんだよ。それに挨拶ってのは、旅館を継が無いのなら義兄さんにキチンと後をお願いしろって、親父に言われていたんだ」  そういう事、だったのか……。 「……でも、俺、男だよ?」 「お前、自分から先に告白しておいて、今更そんなことを気にするんか?」  聞き慣れた呆れた口調が何だかくすぐったい。 「この際だから全部言っておくか」  ふぅ、と大きく息をついて何かを決心したように話し出す。 「昨夜、お前の話を聞いて思い至った事がある。お前が俺しか認識できない理由だ」  外していた視線を村瀬さんに合わせた。だけど、強い光を見過ぎたせいで目の前がまだチカチカして、彼の顔がまともに見られない。 「それは、どうして?」  うまく視界に捉えられない彼に向かって問いかける。 「それはな……、俺がお前に一目惚れしたからだ」  一目惚れ? 「お前、夏に会う前に一度、親と一緒に電車に乗っていただろう?」  あれは広島に来たばかりの頃――。母親と初めて宮島線の電車に乗ったとき。 「あの時にな、なぜかお前の姿を見て気になったんだ。乗客にあんな事を思ったのは初めてだったよ。それで、隣に座る女性に両替を頼まれて、ふと、お前と目が合って」  ふふっ、と村瀬さんが笑って、 「お前、俺を見て物凄く驚いた顔をして……。そして、俺に笑いかけてくれたんだ」  笑った? 俺が? 「何て言うんかな? あの表情は。安心したと言うか。そう、ホッとしたって感じの笑顔じゃったな」  ホッとした笑顔。 「それにつられて俺も笑っとったよ。なぜか、それからその時に会った高校生が気になって。何度か電車に乗ってきた時も周りの学生とは空気が違うけえ、余計に目についたんだ」  そうだった。初めて顔の分かる人に出逢って驚いた。そして、それがとてもうれしくて自然と笑顔になったんだ。 「そして、あの夏の初めの事故だ。ただの乗客として以外のお前に近づけた。怪我の具合も気になったけれど、それよりもお前と話が出来る方がうれしかったな」
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