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「カズト」
思い出していた声よりも、明瞭で心地好い音声が耳に届く。呼びかけられた方へ振り向くと、そこには暗がりに紛れて立つ村瀬さんの姿があった。
「お前、夜は危ないからコンビニの中で待っとけって言ったじゃろう?」
呆れたように言う村瀬さんに、
「だって、コンビニにいたって、この前みたいな変なヤツに絡まれるかもしれないし」
ふぅ、と村瀬さんのため息と同時に白く吐き出された息が見えた。制服から私服に着替えた村瀬さんが冷たい防波堤に右手をつくと、ひらりと舞い上がって俺の隣に軽やかに座った。
ひゅうっ、と海から吹きつける風に、さむっ、とひとこと言うと、村瀬さんは提げていたコンビニの袋をごそごそと探って、「ほら、腹、減っとるじゃろ?」と何かの包みを差し出した。温かいそれを受け取りながら、
「なに?」
「肉まん」
「えー。俺、ピザまんが良かった」
「……贅沢言うな。それしか無かったんだよ。こんな時間にあるだけマシだと思え」
さらに袋の中から温かいペットボトルのお茶を出して手渡してくれる。
「それと、コーラの方が……」
「この寒いのに冷たいもんなんか飲むんか、お前は」
ちょっと不満気な素振りをしながらも、内心はうれしくて飛び上がりそうだ。村瀬さんが缶コーヒーを開けて口をつけるのを眺めてから、俺も肉まんに、ぱくっと噛みついた。
この肉まん、メチャクチャ美味しい。
ペットボトルのお茶を口に流し込みながら、チラリと横目で村瀬さんの様子を窺う。村瀬さんもガサガサと肉まんの包みを開けると、ばくんとそれを頬張った。
――ああ、あの肉まんになりたい……。
ばくっ、ばくっ、と三口でアッと言う間に肉まんを平らげて、缶コーヒーに口をつける村瀬さんを眺めていたら、ばちんと視線があった。
「……早よう喰わんと冷めるぞ」
顔が赤くなるのを悟られないように、慌てて俺も肉まんをパクつく。それでもチラリと村瀬さんを窺うと、まだこっちを見て彼は愉しそうな笑顔をしていた。
うわあ、やめてよ、その笑顔。
照れ隠しに残りの肉まんを口の中に押し込んで、くしゃっと丸めた包み紙を村瀬さんに突き出した。村瀬さんがコンビニの袋の口を拡げて、その中へ丸めた包み紙を放り込んだ。
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