君がくれた世界

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***  宮島から戻ってすぐに、父親に広島の大学に通うことを伝えた。電話口の父親は少し残念そうだったけれど、学費は出すと言ってくれた。母親とも離れて暮らすと告げると、仕送りも申し出てくれたけれど、それは断った。  それでも、お前とは親子なのだから何か困った事があれば何時でも連絡するように、と言われて素直に、ありがとう、と返事をした。今までの自分なら表面上の言葉で終わっていたはずなのに、心から感謝できたことに驚いた。  この変化も村瀬さんの世界にいるからかな。  母親にも、卒業式が済んだらすぐに家を出ると告げた。ほんの少しだけ寂しそうな声色の母親が、どこに住むつもり? と聞いてきたから、友だちと一緒に住む、と嘘をついた。  本当は村瀬さんと一緒に暮らすつもりだ。あのあと、弥山を下りながら、「一人暮らしをするのなら、俺と一緒に住むか?」と、村瀬さんが言った。  多分、半分冗談で言ったのだろうけれど、俺はそれを冗談になんてするつもりはない。彼がくれた俺の世界なんだから、自分の思い通りに事を運ばせないとね。  これで母親も気兼ね無く、あのオジサンと再婚出来るはずだ。  高校生活最期の日――。  卒業式の日に、俺は山内にあの電車での騒動以来に会った。最初は互いにヨソヨソしくしていたけれど、厳かな式が終わって教室に戻ってから声をかけられた。 「……小泉、話があるんじゃ。すまんが一緒に来てくれるかのう……」  視線を外して落ち着きなく頭を掻きながら言う山内の申し出を受けて、二人で教室を出る。山内に連れて行かれたのは校舎の屋上だ。二人だけで話をするにはベタな場所だけど、短いこの高校での生活で初めてここへやって来た。 「小泉。こないだは、本当にすまんかった」  ションボリと大きな体を小さくして謝る山内に、俺もゴメンネと謝る。  山内の話によると、あの日は車の免許が取得出来て中学時代の友だちとカラオケで盛り上がり、悪乗りでコークハイをしこたま呑んで気が大きくなったところで電車の中に俺がいるのに気づいたそうだ。  でも、俺はあの調子だったし、何度か街中で俺に会って声をかけたのに無視されたこともあり、カッとなって自分でも訳が分からなくなったらしい。
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