譚ノ漆 変化、或いは異変

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(なんだというのだ、これは) 全く意味が分からない。 雪乃と言葉を交わせるだけで、何をここまで緊張する必要があるだろう。 雪乃が紫翳を気にかけてくれているという、ただそれだけのことが、……嬉しくてたまらない。 (浮かれておる場合ではないのだぞ。猫目石のことも、紅殼とやらのことも、晟雅の許に現れた輩のことも、ここからが正念場なのだ) いつの間にか隠形している皇毅にも、浮わついた心が筒抜けになっているかと思うと、ますます情けなくなる。 しっかりしろ、と、なぜか気合いを入れて料理を口に運ぶ。 口の中いっぱいに広がる優しい味わいと、絶妙に引き出された自然の滋味に、揺れる動く心が鎮まっていく。 作っている者が異なるのだから、当然と言えば当然のことかもしれないが、猫目石の食事とは、全く味が違う。 猫目石の料理は紫翳の好みにぴったり合い、量もちょうど良い。 雪乃の料理は、彼女が長らく過ごしていたという田舎で育まれたのか、都では味わうことのない、些か尖った味がするのだが、あとから香ってくる食材本来の旨味が、より一層引き立てられるから不思議だ。 ほどよく焼かれた鶏肉を飲み込んでから、羹物{あつもの}の器に手を伸ばすと、雪乃が控えめに手を挙げた。 「冬霞様。そちらの羹物ですが、ぜひ醤{ひしお}で味を調{ととの}えてみてくださいませ」 「醤ですか」 予想外の発言に驚いて、思わず手元の四種器に目をやる。 食事といえば、塩、酢、酒、そして醤の4種を用いて好みの味付けにしながら食べるものだが、羹物に醤を混ぜたことはない。 「やってみろ、紫翳。俺もこの間、半信半疑で試してみたが、これが結構旨いのだ」 「……ふむ」 箸でそっと醤を摘まみ、羹物の器に溶かしてみる。 それから口に含むと、驚いたことに、醤の独特の臭みが消えてなくなり、それどころか豊かな風味が舌を包んでくる。 「確かに、これは旨いな」 思わず唸ると、晟雅は満足そうに笑って雪乃の肩に手を置いた。 「雪乃の舌に、間違いはないぞ」
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