譚ノ漆 変化、或いは異変

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雪乃は紫翳の杯が空になっていると気付いたらしく、晟雅から離れ、紫翳の杯に瓶子を傾けながら、嬉しそうに目を細めた。 「これからの季節には、体も温まりますので、よろしければ冬霞様のお邸でも、お試しになられてみてくださいまし。少し、匂いが気になりますので、今はそれを消せないか、試しているところなのです」 「ほう、それはそれは」 両手で瓶子を持ち、雪乃が小鳥のように首を傾げて微笑む。 「うまくいきましたら、冬霞様にもお知らせさせてください」 「そうですね、私もぜひ──」 言葉が、出なかった。 (……待て。待て、今……何を言おうとした) すうっ、と頭の奥の高揚感が冷めていく。 すぐ目の前の現実が、ぐんと遠ざかったような気さえした。 ぜひ教えてほしい、などと、どの口で言おうとしたのだろう。 未来の保証など何ひとつ持たず、故に猫目石を傷つけた身で、しゃあしゃあと嘘をつこうとでも? 最後には嘘になると分かっていても、約束が欲しいのだ。と、異世女が言っていた。 そのような無責任なことは出来ない。と、紫翳は言った。 その口で、確証の欠片もない未来を約束し、嘘にしようとした。 「紫翳? どうした、急に黙って」 「お口に合いませんでしたか?」 宇山兄妹が、突然なにも言わなくなった紫翳に、怪訝そうに声をかけてくる。 「……いや、」 何か、熱くて、そして冷たいものが、胸に込み上げてくる。 紫翳を拒まない温もりが、まるで当たり前のように向けられる優しさが、ひどく分不相応に思えてきて、箸を持つ手が震える。 「……すまん、雪乃。少し、外してくれるか?」 「はい、分かりました」 顔を伏せた紫翳の耳に、2人のやり取りが聞こえる。 労るような兄の声に、妹は無駄なことをなにも言わず、シュ‥‥と僅かな衣擦れだけを残して、室を退出していった。 ああ、また余計な心配をかけてしまった。 情けなさとみっともなさで、顔を上げられなくなる。 俯いたままで食器を膳に戻し、震えそうな吐息を、唇を噛んでこらえた。
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