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翼の上をさらさらと流れる雪の粒。幾つかはぶつかり潰れ、砕ける。白く霞む景色は、凍りつくような寒さを思わせる。向こう側に思いを馳せ厚い窓を撫でてみたけれど、するりと指がガラスの上を滑るだけで、冷たさは遠く手は届かない。
明日はイヴ。きっとホワイトクリスマスになるだろう。でも、今日は積もらなくてよかった。
降り始めた雪のせいで飛行機の到着時間は予定よりすでに一時間半遅れている。翼の角度が変わり地上の光が微かに近づくたび、胸が鳴る。霞む視界の向こうで、それは呼吸しているように瞬き僕を呼ぶ。
もうすぐ会えるよ……
留学生のガブリエルから告白されたのは、ちょうど一年前のクリスマス。
『好きだ、凛(りん)。ボクの恋人になって』
同性からそんな風にストレートに言われたのは初めてだった。冗談みたいにキスされて、肌の表面をそわりと撫でられ、押し倒されて、好きだから、これ以上何もしないのだと言われた。
何もしないなんて嘘だ。もうとっくに何かされていた。今思い出すとめちゃくちゃだ。
『好きだから、待ってる。凛が答えを出すまで』
らしくなく、かつてなく、自分の気持ちを確かめるのに時間を要した。状況に流されるのには慣れている。求められる答えには敏感だ。でも、何にも流されたくなかった。
同性だからということよりも、直前まで別の人を好きだと言っていたくせに、いつもいい加減なことを言って笑わせてばっかりなくせに、そんなことの方が気になった。
心の中で悪態をつきながら、優しいキスが胸をとくとくと鳴らすばかりで全然嫌じゃなかったことを思い出していた。そして、一緒に過ごす毎日に欠片の嘘もないことを知っていた。
一番近くで君が笑っていてくれるから、僕は安心して笑ってられたんだって気づいたよ。そばにいてくれる人が好きな人なんだって、ある日突然気づくこともある。
まっすぐに伝えられた言葉は、全部すんなりと理解できたし、信じられた。返事を待ってもらっている間絶対に口説いたり触れたりしないでと言う約束は固く守られた。
表面的にはいつも通り過ごしていたけれど、送られる視線に特別な熱がこもっていることに気づかないわけはない。
『ガブリエル』
一ヶ月後その名を呼んで、自分からそっと触れ合うだけのキスをした。
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