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お父さん。
私があなたにかけたいから。
私があなたに眼鏡をかける。
きまって、あなたは目をつむる。
太い鼈甲(べっこう)の眼鏡(がんきょう)が、白い毛薄い眉によく写る。
眼鏡のフレームは、つるつるしている。光にかざすと、琥珀が鈍く写り込む。
私は見慣れない万華鏡のように、飽きずにかざし続けた。あなたが嬉しそうに笑う。私は何度もやった。
お父さん。
眼鏡をしまって。
眼鏡をかけると、あなたは仕事の鬼に変わってしまうから。
小さな眼鏡店の為、あなたは無理をする。親が残した大事なお店を必死で守っているから。いつも、彼はひょろ長の青白い顔で、帳簿と睨めっこしていた。
怖くて、近寄れなかった。早く仕事が終わればいいのにと、幼い私は神様に祈る。まるで、あばら屋で嵐が去るのを待つように。
お父さん。
眼鏡なんて気にしないで。
それは、偏見という名の色眼鏡のせい。
いつもあなたが言っていることでしょう。
時代遅れ、価格が高い……そんなの、買ってる層が違うだけ。だから、頭をかきむしらないで。眼鏡のツルをかまないで。
でも、夜、座敷の勉強机に蛍光灯のスタンドをつけて、販売計画を練っているあなた。苦心して、険しい目元でつるの先を前歯でかじる様は……悔しいけれど、素敵だった。
ねぇ、お父さん。
眼鏡に優しくしないで。
細心の注意で、眼鏡のネジを巻かないで。
指の腹を見ると、あなたの手の温もりを思い出す。商品なのに、なぜか嫉妬してしまうの。
いつのまにか、冷たいフレームが熱を帯びてきたように感じてしまい……ヤキモチを妬いて、眼鏡を壊したくなってしまう。
でも、お父さん。
眼鏡を壊さないで。
彼には、眼鏡は大切なものであったから。場合によっては、眼鏡は命よりも大切な存在だった。
だけど。
幼い私の精一杯の願いは、叶わなかった。ある日父は眼鏡を壊してしまった。
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