8人が本棚に入れています
本棚に追加
店の入り口……更地の入り口付近で、私とお父さんはしばらくぼうっとしていた。
さらさらさらと、泳ぐように秋風が髪を揺らす。
そんなさなか、父はぽつりと言う。和やかに、温かな笑顔で。
「優子……お前、本当に立派な職人になったな」
また私は泣く。今度は声を上げて、ぐずぐずになる。
ばかっ、ばかっ。
違う。
あんたのおかげだよ。
眼鏡が好きなあんたのおかげだったんだよ。
修行も辛かったけど……あたしもどうしようもなく、好きになっちゃったんだよ。
最初はあんたの為だけだったけど。
眼鏡の事が。本当に。切実に。
大好きになっちゃったんだよ。
「ありがとう、お父さん」そう言って私は父を抱きしめた。彼は驚いている。
父の眼鏡を見てみる。
あれ?と頭の中に疑問符がついた。
どうしてかはわからなかったけれど。
心なしか鼈甲のフレームが、喜んでいる様に感じられた。
(了)
最初のコメントを投稿しよう!