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「さっき理緒君と話してたんです! 標本なんて要らない物だよねって!」
少女は口を挟む。
「例えば、蝶の研究をしているとして、進めるうち、未知の種類であることが解り、発表する事になるとする」
教師は話を始めた。
「学名を付け、特徴を書いた記載文とともに発表するんだが、その際、命名の基となる一点の標本を選んで同時に引用するんだ。後で、その名の付けられた種類について疑問が生じた場合、調べ直すことができるように保存しておく必要があるからね。それをタイプ標本と言うんだが」
「証拠標本と言うのもありますね」
「証拠標本?」
理緒の言葉に少女が可愛らしく首を傾げると、教師が答える。
「何かに対してどんな研究が行なわれたかを示す証拠として残された標本を証拠標本と言うんだ。例えば染色体やDNAを調べた個体は概ね標本にされる。後にその研究について何らかの疑問が生じた時などに、標本から調べ直すことが可能だから」
「へぇ」
理緒は標本の蝶を見つめながら小さく言う。
「まぁ、研究の結果や論文が発表されると、証拠標本もタイプ標本も関係研究機関の標本室に保存されるから、中学校の準備室にある、この標本が何かの研究に使われたとは思えないんだけど」
「ほら! 見なさい! どーせ羽根が綺麗だからって、観賞用にされただけでしょ!」
「この標本、はね」
理緒は窓からの光でよく見えるように、腕を前にピンと張って、標本の入った箱を持ち上げている。
教師はため息をついた。
「だいたい、死骸をピンで留めたりして残酷だわ!」
「昆虫の乾燥標本は、直接手で触れると簡単に壊れてしまうから針に刺して見易いようにしているんだよ。それ以外の理由はない」
理緒は教師の姿も少女の姿も見ずに、標本だけを見ながら話す。
「ふーん」
少女は黙った。
教師もまた、気まずく黙ったままだ。
「先生、現存種を保存して分類しておく事も必要ですよね」
理緒は困っている教師に助けの言葉をかける。
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