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山から吹き降りて来る風が、柔らかな肌ざわりになって来ていた。
草木の緑も、もう萌黄色とは言えない鮮やかな色だ。
季節は春から初夏へと移り変わろうとしていた。
この国では「5番目の季節」と言う。いわゆる5月だ。
ここは平地が少しずつ山になっていく緩やかな斜面の中程。人里からは少し離れている。
まばらな樹木の間に、ぽつんと一軒、丸太小屋が建っていた。
庭の隅…いや、もう庭とは言えないかもしれない。小屋から200メートルほど東に離れた所に大きな合歓の木が生えている。
小屋の住人は少女と、その父親だけ。
真っ直ぐな長い黒髪に大きな黒い瞳。特別な美人ではないが、色白の可愛らしい少女だ。
名前はピアリ。歳は15才。
ピアリとは「小さな光」という意味だ。
白い木綿のスタンドカラーブラウスに、花の刺繍をあしらったベスト風の上着。少し長めのスカート。
この辺りでは一般的な服装だ。
「ねぇ、お父さん、今日も行ってきていい?」
少女は父親にたずねた。
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