第3話「猫」

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 アナウンスが終了するやいなや、杖をついた老人が間髪入れず『次、とまります』ボタンを押していた。老人は早押しクイズで一番に答えることができたかのように愉悦した表情をしていた。  アナウンスは老人の早押しを祝福するように「次、とまります。」と応えた。  次のバス停が見えるとバスはウインカーを左に出し、後続車に合図する。運転手はハンドルを切りながら車体を路肩に寄せると、乗客にバスが完全に停車した後に降りるよう注意を促す。 プシューッという音とともに前後の乗降口の扉が開かれる。杖をついた老人と制服を着た少女が席を立ち、ICカードと小銭でそれぞれ支払いを済ませた。運転手は「ありがとうございましたー」とありがたみのない声で言う。  老人と少女が下車した後、入れ替わりで筋肉質な見た目30代くらいの男がヌッと入ってきた。その男は黒のニット帽にサングラスをかけ、背中にトラの刺繍を施したスタジャンにGパンという、格闘ゲームのキャラクターが現実世界に現れたらこんな感じなんだろうなと思わせる風貌をしていた。男はICカードもタッチせず、また整理券に目も向けず段差を昇りきった。
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