0人が本棚に入れています
本棚に追加
桑方稲架美(くわがたはさみ)は突然の訃報に言葉を失っていた。
受話器からは、警察官の男の声が何度も彼女の名前を呼んでいる。
「子供の養育費はどうしよう...世帯主の変更しなきゃ...あ、保険金の手続きと葬祭の申請も必要だし。あとは...」
ぶつぶつと言葉をこぼす彼女は無意識のうちに事務的なことや、1人息子の将来の心配をしていた。
警察官の男が受話器の向こうから必死に呼びかける。
「奥さん! もしもし! 聞こえますか? 気をしっかり持ってください! 今は突然のことで混乱していると思いますがとりあえず本人確認のため、○×△病院まで来てください。念の為自宅の車は使わずにタクシーで来てください。」
話の内容が全く頭に入ってこない。
なんだっけ。
「もしもし! 桑方さん! もしもし!?」
病院がどうとか言ってたけど。
そもそもどこの病院?
「......に来てください! いいですね!?」
もう、何も、耳に入ってこなかった。
「はい......」
稲架美はか細く掠れた声で一言返事をすると、震える手で受話器を置いた。
テレビからは外国のテロやバスジャックや隕石問題についてのニュースを容姿の整った女性が読み上げている。
最初のコメントを投稿しよう!