第3話「猫」

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 白い子猫はキャリーバッグの中に身を丸くして座っていた。 キャリーバッグはガタガタと揺れ、とても居心地の良いものではなかった。  周囲は薄暗く、桃色のキャリーバッグから透けた光が微かに見える。中には花柄の毛布が敷かれているため暖かく、今まさにキャリーバッグを抱きかかえている老婦からは高級デパートの婦人服売り場のような香りが漂ってくる。猫はその匂いが気に入らないのか、鼻をシュンッと鳴らし、念入りに顔を洗った。  前方を見ると網状の格子が取り付けられているため、状況はなんとなく把握することができた。 杖をついた老人や制服を着た少年少女、黒い革ジャンやくたびれたスーツを着た男などの様々な格好をした人々が席に座ったと思えば立ち上がり、空気を吐き出すような音と共に去って行く。  プシューッという音と共に、パンパンに詰まった買い物袋を両手に持った、ふくよかな花柄のワンピースを召した婦人が乗降口から現れる。婦人の顔は赤く火照り、買い物袋の重さのせいか苦悶の表情に満ちている。 「段差にご注意くださーい」と運転手が心配をしているのか、していないのか分からないような声で婦人を気遣った。
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