第3話「猫」

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 段差を上る度に頬とあごの肉が揺れる。婦人は整理券を取ろうと、買い物袋を持つ手でかろうじて使えるボイルソーセージのような小指と親指で整理券を挟もうと奮闘している。 乗客たちの中には婦人の様子を興味本位で眺める老人や、興味がないのか下を向き、自分の手元にある携帯電話を忙しそうにいじっているサラリーマンもいる。クスクスと婦人を嘲笑する者もいたが、小学生ほどの男の子は心配そうに婦人を見つめていた。 彼は助けに行って良いのか、また助けに駆け寄ったところで自分に何ができるのか分からないといった様子で、タイミングが掴めず、ソワソワと体を揺らしていた。  婦人はやっとの思いで整理券を掴み取ると、フシューッと口から息を吐き、何か大きな試練を達成したのかというような満足した表情で最後の段差を昇るために足をかけた。 その瞬間、買い物袋からこぼれ出た1つのトマトが木製の床の上を疾走する。 待ってましたと言わんばかりに、小学生ほどの男の子が飛び出し、若々しい小さな両手でトマトをキャッチする。 「大丈夫ですかー?」と運転手はなんでもいいから早くしてくれと言いた気なニュアンスで老婦と男の子に車内放送で問いかける。
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