坂道の老婆

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 道すがら、思い出すこともできないようなどうでもいいやりとりをしていた。だから近くにいた筈だ。なのに老婆の姿はどこにもない。  それがどうにもおかしくて、きょろきょろと四方を見回していたら、ふいにカートの色が薄れた。  いや、色じゃない。存在自体が薄れていく。  何が起きているのか判らず、茫然とカートを見つめていると、同行してきた老婆の声らしきものが脳内に響いた。 『アンタは合格だ。帰んなさい』  それを聞き取った次の瞬間、周囲の景色が一変した。  さっきまで、必死に押し上げていた手元から消えていた。  その代わりに、まだまだ続いていた長い坂道はほんの数十センチ先で途切れ、いかにも周辺を開発途中といった、切り立った崖が目と鼻の先に存在していた。  動転し尽くして坂道を駆け下り、そのまま駅に向かって、予定より早めの列車に駆け込んだ。そうして、ようやく気持ちに余裕ができ、先刻のことを考えられるようになった。  老婆と重い荷物。いきなり途切れた坂道と現れた崖。…それらが導く答えは。  うまくまとまらないが、俺はきっと、かなり危うい状態に陥ったものの、間一髪でその状況から脱することができた…ということだろう。  何があの老婆の目に叶ったのか。何だったらダメだったのか。  基準は判らないけれど、俺は理由も判らないまま九死に一生を得たらしい。  今後、こういうことはあってほしくないけれど、清く正しく優しければ救われる。そう信じて、不吉な感覚がない限りは、人には親切にしようと思った。 坂道の老婆…完
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