坂道の老婆

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坂道の老婆

 仕事で山間にある工場に行った。  業務自体はあっさりと終わり、今日はこのまま直帰が許されている。  なので、せっかく自然多い場所に来たのだからと、すぐには帰らず付近を散歩することにした。  歩いてみると、思っていたより民家があったが、どこも斜面を切り崩した土地に家が建てられているため、自宅までの道のりが急勾配になっている家ばかりだ。  毎日出かけるだけでも大変だろうなと、そんなことを思いながら散歩の足を進めていたら、小さなカートを押した老婆が坂の下に立っている現場に遭遇した。 「そこのお兄さん。もしよかったら、荷物を上へ運ぶのを手伝ってくれないかい?」  声をかけられ、俺はいいですよとうなずいた。  カートを受け取り、それを押すように坂を上り始める。そして、僅か十秒足らずで安請け合いを後悔した。  カートはとんでもない重量だったのだ。  見た目はほんの小さな品なのに、力いっぱい幼いとびくともしない程の重さがある。  単に老人だから坂道が辛いというだけでなく、荷物がこんな重さだから、誰か通りかかるのを待っていたのだろう。  老婆の悪知恵に引っかかった。でも今更嫌だと投げ出すのは気が引ける。  自分の気弱さをのいながら、俺は渋々とカートを押した。  重い。本当に、とんでもなく重い。だから休み休みにはなったけれど、それでも俺はどうにかカートを坂道の上まで押し上げた。  庭先と呼ぶには殺風景すぎるが、道が途切れた以上、ここは道ではなく家屋の敷地なのだろう。  ここでいいですかと、後ろにいる筈の老婆に尋ねる。だけど返事はない。  不審に思い振り返ったら、そこに老婆の姿はなかった。
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