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二〇一六年 七月三〇日 土曜日。
花火を見られるホテルとして有名なためか、薄暗くされたレストランの中で、私は一人、席に座っていた。
あの日、十六の夏の日、彼と見なかった初めての花火は、どこか物足りなさがあった。やっぱり彼と見る花火が格別だった。
その次の日、彼から受け取った手紙にはたった一言。
『二十六の夏、必ず迎えに行くから』
私はその言葉に聞き覚えがあった。その続きの言葉も知っていた。一度だけ、彼が私に言ったこと。
涙がこんなにも、熱くて息ができないほど辛いものだなんて知らなかった。美しい景色を見て、死んだ人をそっと悼んで、そんな涙はいつも心を少しだけ平らかにした。
だけれどあの時は、あの時の涙は、後悔の涙は、違った。絶望的なほど、流せば流すほど苦しくなる涙なんて、いっそのこと止まってしまえと思った。でも思えば思うほど苦しくなるのは、きっと彼なら笑って許してくれるんだろうっていう甘さが私にはあったから。彼が優しいと、知っていたから。
ずるい自分に腹が立った。彼の優しさを無下にした自分が許せなかった。優しく許してくれるなら、いっそのこと叱って、嫌って、一生私と目を合わさないってくらい、怒ってくれれば良かった。
こんな手紙。温かくて優しくて頑ななほどの想い。私なんかが受け取って良いはずがない。
なのに。
いけないはずなのに、来てしまった。十年経った、この日に。
私の向かい側はガランとしていて、テーブルにならんだ二つのワイングラスは未だ空のまま。
ほの明るいオレンジの光に照らされたそれは鈍く光っていて、私の心とは対象的だった。
既に花火は打ち上げられており、折り返しも過ぎていた。彼は一向に現れず、私は落胆に背凭れに背を預け、でもそんなことはお構いなしに昇っては消え、そしてフィナーレに近づいていく花火を見た。
オレンジに鈍く光るワイングラスが、黒色で一回転した。
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