夜行列車は僕たちを乗せて走り続けるのだった

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僕は映画館の最前列で見るマニアックな観客の様なものなのだけれども、少なくともここに観客は僕しかいません。 だから気兼ねなく堪能することが本能であると言えるでしょう。 「ごめんね、五所川原くん。先生がいなくなったら戻るから。それまで少しの間、すこしじゃないかも知れないけれど、匿ってくれないかな?」 僕としては異論も反論も当然のようにありません。 ですが、どう考えてもこの状況では寝られないと覚悟するしかありませんでした。 「それは構わないのだけれど、むしろ大歓迎だよ。だけどこんな状態じゃあ寝られないよね」 そう言うと吉川さんは笑って言います。 「せっかく列車で旅をしていると言うのに、乗っている間はほとんど寝ているだけとかもったいないとか思わない?」 それは確かにそうだとは思いました。 僕が基本的に孤独を愛する人間だと言うことを除けば、僕らはまだ高校生であり、生まれ育った地元を離れた事など全く無いのに日本全土を横断する様な列車の旅で寝ているだけと言うのは確かにもったいない。 ましてや吉川さんと二人ならばなおさら寝ている暇など無いように思えてきます。 だけど今は夜であり、窓の外の景色を見たところで暗闇が広がっているだけの様な気もしますし、それはもう寝ていても問題ないのではないかと言う気もしてしまいます。。 僕がそう言うと吉川さんは窓の外を見ながら答えるのです。 「そんな事は無いわ。夜は夜の景色があるし、今日は満月だから明るい夜よ。窓の外を見て御覧なさい」 僕は言われて窓の外を眺めます。 夜空には満月が浮かび、その光が世界を照らしていました。 月明かりは雲や家々や山や海や街を浮かび上がらせていて、当然のことなのだけれども、そこに世界があると言うことを実感させてくれるのです。 僕は夜の世界を美しいと思いました。 そんな世界に吉川さんと二人きりです。 僕は夢でも見ているのだろうと思ったのです。 吉川さんとは一年生の頃から同じクラスでした。 薄い栗色の髪の毛と、白すぎて皮膚の下の血液がほんのりと浮かぶ桃色の肌を持つ彼女は異国の血が入っている様に見えました。
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