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千歳の家で昼食を食べ、海岸に遊びに行く。休みの時にはいつもそうだった。
「なにもないよね、この町」
千歳が砂浜に寝転がりながらそう言っていたのを思い出す。私はそうだねと返したけれど、湊はなにもないけど、退屈ではないよと言った。私は、どういうことと訊いたのだと思う。どんな訊き方をしたのかは覚えていないけれど、意味を訊いたのは確かだ。
湊はおだやかな海を見つめながら、こう言った。
「みさきちゃんや千歳ちゃんがいるし、好きな本も取り寄せてもらえる。私はそれで充分。いろんなものがあって不自由しなくても、心に穴があいてたら、たぶん何をしてても退屈だと思う」
私と千歳は、少し驚いた。湊が強く自分の気持ちを言葉に出すことはほとんどなかったからだ。
「みーちゃんもちゃんと考えてるんだね」
「千歳、それ失礼」
「あ、馬鹿にしてるわけじゃなくて! 本当だよ? ただ、ちゃんと考えてるんだって。みさきちゃんもみーちゃんも、きちんと考えをもって生きてる。すごいなって。私は全然そんなこと考えたことなかったから」
「千歳は民宿を継ぐんでしょ? そのために色々頑張ってる。その方がすごいと思うよ」
私がそう言うと、湊もそうだよと笑う。
あの時はよくわかっていなかったけど、今は湊が言っていたことが分かる気がする。
危険な退屈。満ち足りた場所で満たされない思いを抱える東京での暮らし。大学に通っていた時も、卒業して働き始めてからもそれは変わらなかった。
立ち止まり、海の方を見る。
「湊」
名前を口にしてみる。
「湊、今なら分かるよ、湊が言ってたこと。ちゃんと会って伝えたいよ」
涙がこぼれる。私はその場に座り込み、しばらく泣き続けた。
民宿に戻り、夕食を済ませると、すぐにお風呂に入った。たくさん泣いたせいか、身体が妙に重く感じた。湯船につかりながら、肩を揉んでみるが、たいして変わらなかった。
部屋に戻るとすでに布団が敷いてあった。
布団はふかふかしていて、上に転がるとすぐに睡魔がやってきた。
「湊」
ふとその名を呼んだあと、私は眠った。
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