パンドラメガネ

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「その時計が気になるかい?」  突然、声を掛けられた沙希は驚き、少し強張った表情で顔を上げた。そこには、一人の中年の男性が立っていた。 「あっ!ゴメンね。驚かしちゃったかな・・・?」と中年男性は表情を曇らせながら、右手で自分の頭を掻き始めた。  沙希は声を出さずに少し引き下がり始めた。それでも、いつもの虐めっ子達では無いことを知ると、相手の中年男性をよく観察し始めた。  見た目は普通の中年男性で背は高い方だが、お腹周りは少し膨らんでいる。顔は四角く、頭は真ん中には頭髪は薄く、その両端には黒い髪の毛が短く生え揃っている。  水色のワイシャツにジーパン、上着には白のパーカーを着ている上に、黒のエプロンを着けていた。 「あの・・・」と沙希が相手の見た目観察を終えてから、今度は立場を知ろうと声を掛けた。 「あっ・・・。ゴメンね。自分はこのお店の店長。結構、長い時間、その置時計を眺めていたからね・・・。ちょっと、気になって声を掛けさせてもらったんだ」と店長は説明した。 「長い時間・・・?」と沙希はポケットから画面が割れ、幾つものひびの入ったスマホを取り出した。そして、電源スイッチを入れて時間を確認する。  時計は4時過ぎを指している。 「ほらね。もう15分ぐらいこの時計を眺めていたよ」と店長は、置時計に視線を向ける。 「そんなに・・・」 「うん。このお店をオープンさせて、最初のお客様かなってね・・・」と店長が言う。  沙希はその一言に気になって、「このお店、いつオープンしたんですか?」と尋ねた。 「今日だよ」と店長はにこやかな笑顔を見せて返す。 「今日?」と沙希は店長の方に体を向けつつも、首だけで店の外観を眺めた。  築数十年は経っているであろう建物に、なんで好き好んで店をオープンしたのだろう。それに、普通なら真新しい建物や、綺麗な建物にお店をオープンするのに、どう見ても、リフォームを済ませた新しい店とは思えない。  沙希は視線を店内に向けた。ガラス越しに見える内装は、多少は手を加えた感は見受けられるが、それでも、「新規開店」のお店には見えなかった。
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