0人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
episode1 職無し
お客さんのいないカウンターを見つめながら食器を拭く。店内には私とマスターしかおらず、しっとりとしたBGMが寂しく流れている。暇そうに新聞を眺めていたマスターが突然口を開いた。
「この店さ、閉めようと思うんだよね」
時間が止まったように感じた。思ったように声が出ず、くぐもった声がでた。
「え」
「急で申し訳ないんだけどさ、最近不景気で客足も伸びないし、私ももう年だしそろそろ潮時かなと思ってね」
何も言えなかった。お客さんが全然来ない事もマスターが奥さんを亡くしてからずっと大変そうだった事も知っていたから。
「でも急に閉めるわけじゃないから、リトちゃんの再就職先が決まってからでいいからさ」
ごめんね、と悲しそうな顔で言うマスターに私は大丈夫ですとしか返せなかった。マスターもこの選択は辛かったはずだ。奥さんと2人で数十年やってきたこの喫茶店を閉めるという選択は。
気まずい沈黙が流れ、倉庫の整理してくるねと言いながらマスターは裏に行ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!