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episode2 黒い客
また暇になってしまったとため息をついたタイミングで店の扉が開いた。
「い、いらっしゃいませ!」
俯いていた顔をパッと上げると見慣れない顔の男が店内に入ってきた。この店は地元の人が利用する事が多く、私が知っている限り今までこの人が店に来た事は一度も無い。黒のロングコートを着ていて、履いているブーツまで真っ黒だ。顔は整っているが、鋭い目をしている。夜に道で会ったら私ならビビって早足で通り過ぎるな、そんな事を考えていると男はそのままカウンターに座った。
「カフェラテ、ある?」
かしこまりました、そう返し戸棚に向かう。ぱっと見でマンデリンやブラジルなどの苦味の強いコーヒーを飲むかと思っていたので拍子抜けした。
「どうぞ」
淹れたてのカフェラテをカウンターに出すと男はカウンターに置いてある角砂糖をカフェラテに入るだけ入れた。カフェラテに角砂糖が入っているというよりも角砂糖にカフェラテを注いだようなそんなものが出来上がった。そして迷う事なくそれを一気に口に流し込んだ。ガリガリと音を立てながら飲んで、いや、食べている。
「お会計」
突然の奇行にあっけに取られていると男は訝しげな目でこちらを見上げた。
「さ、380円です」
コートのポケットに手を突っ込んでじゃらじゃらと小銭を取り出す。相当の小銭の量だなと思っていると男が困った顔で足りない、と呟いた。
「これ売ったら金になるから」
そう言いながら男は首に下げていた懐中時計を手渡す。
「いや、でも困ります…」
いくらなんでもよくわからないものを貰ってそれを代金の代わりにしてくれなんて無理なお願いだ。もうすぐ閉めてしまうとはいっても一応は商売だ。
困っていると男は紙を差し出してきた。
「これ、俺の名刺。もし時計がかねになんなかったら連絡して」
え、あ、とか言っていると無理矢理名刺を渡された。
「じゃあ、急いでるから」
そう言うと男は何事も無かったかのように立ち去っていった。
「ちょっと待ってください!」
自分の声が悲しく響いた。
「もう、なんなの…。」
不満を呟きながら貰った名刺を見てみた。
「クラウス=アルニム、か」
名前の下には、はっきりとこう書いてあった。
『国境警備団』
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