ユリ

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貴子が上京して2年目の冬。 妊娠がきっかけで同じ会社の男と結婚したはいいが、そのあとすぐに亭主がリストラで会社をクビになっちまったんだ。 これから子供が生まれるっていうのに亭主は職を探しもせず、酒とギャンブルに溺れ、おまけに借金まで作ってよ。 いくら言っても働かない亭主のかわりに、貴子はユリを生む直前までパートに出て働いていたんだ。 たいした額稼げるわけじゃねぇのに、そのわずかな金すら亭主が使こんじまうんだからたまったもんじゃねぇ。 そんな亭主だから、とてもじゃないけど幸せな結婚とは言えなかった。 だから苦労の連続だった貴子にとって、生まれてきたユリだけが唯一の希望だったんだ。 事件当日、貴子の最後の日。 朝から浴びるほど酒を飲んでいた亭主は、些細な事に腹を立て貴子を殴った。 そんな母親を助けようとユリ、お前が貴子の前に立ちふさがってかばってくれたんだよな。 だが、亭主は、そんなユリの勇気も優しさも踏みにじり、ユリが吹っ飛ぶ程の力で蹴り飛ばしたんだ……! 気を失いぐったりとするユリを見て、貴子は慌てて119番に電話をした。 だが、運の悪い事にその日は近所で夏祭りがあってな。 そのせいで道路は渋滞し、救急車到着までに34分もかかっちまった。 やっとの事でアパートに着いた救急隊員がドアをノックするも誰も出てこねぇし、ドアノブを捻っても鍵がかかってる…どうも様子がおかしい。 そこで隊員の1人が裏の窓から中を覗いてみると、そこには気を失ったユリと、すでに息絶えていた貴子、それから両の拳を真っ赤に腫らした亭主が、ひどく怯えた様子で座り込んでいるのが見えたんだ。
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