第35話 最強

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急げ、急げ、急げ。 朝の通勤ラッシュと重なって、国道七号線は思うようにスピードを出せない。 タクシーの運転手に、「とにかく急いで」と伝えるが、「この時間帯は、無理ですよ」なんて簡単にあしらわれる。 一分、一秒の遅れが、もしかすると運転手の家族を化け物に変えてしまうかもしれないのに、オレにはそれを伝える術がない。何度も「急いで」と繰り返すだけ。 かたわらのサマンサタバサのショップ袋も、バタバタとせわしなく動いている。 中に入っているのは、高級バッグでもなければ、ブッシュ・ド・ノエルでもない。サルの化け物だ。いつものトートバッグは、白山神社あたりでなくしてしまった。 オレは、運転手にショップ袋の中身を気取られないようにしっかりと胸に抱いた。 海老ケ瀬インターチェンジを過ぎると、交通量は一気に減った。タクシー運転手が軽快にアクセルを踏む。 「お客さん、それ彼女へのプレゼントですか?」 何を言っているのか分からなかったけど、自分の抱いている袋のことだと気づく。面倒臭いから、うなずいた。 「そう。早く届けないと、大変なことになるんだ」 運転手はミラー越しにニヤリと笑って「なら、まかせてください」とハンドルを切った。
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